番犬

犬が寄ってくる。

全部が全部じゃないが、飼い主と歩いている犬が私を見ると明らかにこちらに向かってやってくる。

足元に戯れついてくる場合もあるが、スーッとただ、近寄り、飼い主にグイッと引き戻される。

店頭でつながれ、ご主人様を待っていたのがいきなり立ち上がり寄ってくるというのもある。

自意識過剰でよくあることなのか。

こちらが彼らを「可愛いなあ」と眺めてしまっているのがいけないのかもしれないと、あえて遭遇すると空を見たり、横を向いたりして視線を逸らすがやはり、寄ってくる。

この前はとうとう、噛みつかれた。同じ時間に同じ場所で会う白い子犬。いつもこちらに近寄り、グイッと引き戻され離れていく。

最近のリードは伸びる。その日は何を思ったのか、すれ違いざま、そのリードをグウィーンと伸ばしてこちらに駆け寄ってきた。と思ったら膝に駆け上り、噛みつき始めた。犬を飼ったことはないが多分、甘噛みなんだったと思う。本気だったらきっと血だらけでガブガブやられたはずだ。

けれど恐怖だった。そして痛かった。ズボンの上からの甘噛みといえど、太ももにくっきりと瘡蓋ができた。

その記憶と飼い主が黙ってそれを見ていたことがショックでそれ以来、散歩中の犬を警戒してしまう。

「なんなんだろう、最近急になんだよね」

正月の席で話すと向かいに座っていた母と姉が同時に

「舐めてんのよ」

と声を揃えた。

「舐められてるっていうか、仲間だと思われてるのかな。なんか私の後ろに犬の守護霊かなんか見えるとか」

「なめてんのよっ」

二人の声は再度揃う。

「やっぱり動物はわかるのよ、こいつバカだって」

「犬っていうのは瞬時に自分より上か下かって判断するっていうからね」

これこれ。これが実家の空気感。こんなだったなあ、昔っから。

妙なところで里帰り気分を味わった。

昨日、母が珍しくノックをしてやってきた。

「ちょっと護衛を頼みたいんだけど」

暮れにガス給湯器の交換をしてその払い込みをするという。

「あちらの指定はコンビニ振り込みで現金でないとダメなのよ。銀行から30万もの大金を下ろして街中一人で歩くの怖いから、一緒についてきてよ。」

自分を頼りにされたと張り切る番犬は尻尾を振ってお供した。

隣町にしか支店がない銀行なので電車に乗る。張り切ってついて行った割に、行ってみると銀行とコンビニはすぐ近くで、実際にお金を持って移動するのは数メートルだった。

それからあったかいパンツを買うと洋品店に入る。ポチも店内をうろつく。

さて帰りましょうとまた電車に乗った。歩きながら母の友人の話を聞きながら相槌を打っているとホームに電車が入ってきた。

思わず二人、飛び乗る。彼女の話は続く。

なんかやけに、駅に着くまでが長いな。一駅なのにまだつかない。

「ちょっと!やだっ!」

ご主人様が私を睨む。

「これ、急行じゃないっ、やだっもう。これだからあなたと出かけると。お姉さんとじゃ絶対あり得ない。もう、本当に役立たずねっ」

だってだってだって。もうお仕事終わったと思ったから安心してたんだヨォ。

ポチにそれ以上を求めてはいけない。