姉の金魚が突然死んでしまった。
二匹いたのが、全滅しているのに気がついたそうだ。
「聞いて。悲しい知らせだ」
顔は笑ってサラッと言う。あまりにケロッと言う。
結婚して一年もしないで離婚した。そのことには一切触れないが「金魚は私の家族」と嘯くのを母は不憫に思っている。
その金魚がある朝突然死んでいたことを受け止めきれず、ぽろりと妹に報告したのかもしれない。
同居している母は旅行中の一人の家の中、階段を降りてきてプカリと浮いているのを見つけた時は動揺したのではないだろうか。
「そういうわけでこれからちょっくら渋谷に行って、新たなのを仕入れてくるわ」
え。今日。
一瞬、違和感のような戸惑いを感じた。
喪に服さないのか。
死んでしまったからすぐ次なんて、何というか、金魚の立場が。
愛着というか、こう、余韻というか。
「そうなんだ。行っておいで」
それだけ言って自分の家に戻る。
犬でも猫でも、一緒に暮らしたことはないが死んでしまった当日にさすがにペットショップには行かないだろう。
これを彼女をよく知らない人が聞いたら、きっと誤解する。
わざと陽気に些細な出来事のように話す。ぶっきらぼうな口調で、ちっともへこたれてなんかいないように。
受け止めたくないのだ。
自分が忙しくしているうちに気がついたら二匹が死んでしまった。その事実を無かったことにしたい。そのことから目を背けたい。
そこにフォーカスしてしんみりすることはなんの意味もない。
それは冷たいのではなく、繊細な彼女が築いてきた自分の心を守るやり方なのだ。
きっと深く傷ついたのだ。だから、すぐ、水槽に新しい命を入れてしまいたいのだ。
この姉の複雑な構造を理解してくれている人はいるのだろうか。
会社でも友達の間でも突っ張っているのかもしれない。
「えーん、大事な家族の金魚が死んじゃったよ。ショックだよ。もうしばらく水槽は空にしておく」
そう言ってしまえばその言葉を聞いた自分自身が余計に悲しくなる。
エイッと切り替える。それが彼女の生き方。
薄い高級なワイングラスみたいだ。ピンと張り詰めて、少し装って小さな衝撃からも身を守る。
誰よりも愛情深く、誰よりも傷つきやすい可愛い人。