昨日は一日中頭痛と倦怠感にやられ、何もできなかった。
夕飯は豚バラと白菜を重ね、舞茸と冷凍餃子を一緒に詰め、レンジでチンするセットを息子に、夫には残りのおでんに大根追加でやはりチンするだけセットにして冷蔵庫に入れた。
午前中から目を閉じて横になる。
テレビもラジオも煩わしいのは久しぶりだ。
映画の外出で身体も目も疲れたようだ。本も読む気になれない。
ただただ、じっと目をつむる。
ごみ収集車が来た。
外に出てポリバケツを取り込む。
また寝る。
昼になり、夫が降りてきた。
トンさん大丈夫?具合悪いの?
うん、頭痛がね。ご飯?
うん、僕何食べよう。
豚こまとキャベツの味噌炒めの残りに卵を落とし、レンジでチン。あとは冷奴。この寒いのに冷奴。
持ってって。。。
味噌炒めの卵とじを丼にして食べていた。
冷奴、美味しい。
へえ、そうなんだ。
ロキソニンが効かない。足も浮腫んでいて全てがどうでもいい。
そうだったそうだった。
生きているだけで充分なのだった、私の場合。
日々の日常が平坦に過ぎていく。それの有り難みを思い知る。
ラジオ体操にいったり、母の突然のあれこれに文句言いつつ対処して満足したり、近所のママさんに誘われて散歩がてらの買い出しについて行ったり。
ここ数日自分もほとんど普通の人と同じになってきたといい気になっていたが、錯覚だったようだ。
過信。勘違い。
それでも今朝も公園に向かう。
颯爽と歩かなくていい。今日は前に進めばいい。歩幅を狭くヨタヨタ歩く。でも歩ける。歩ける歩ける。
その横をランニングの人達が風を切って過ぎてゆく。
こういうときだ。一瞬、劣等感。
どうして私はああいうふうにできていないんだろう。身体のどこが違うんだろう。
でも今の私は知っている。
もういじけない。
歩ける。立てる。どこも痛くなくなった。
コツを掴めばこの身体も長く使える。上手に上手に転がして充分楽しく生きられる。
今日もお手軽ご飯でゴロゴロしよう。
自分に甘く過ごすのだ。