衣替えの前段階の準備としていつも、処分する服を箪笥から取り出す。
いきなり廃棄する度胸がなく、しばらく避け置いて気持ちを慣らす。
毎朝、着替える際に色褪せたTシャツやヨレヨレのサマーニットに去年捨てようと思って捨てられなかった息子のお下がりのパーカーなんかが乗っかった椅子に目がいく。
いいよな、これはもうさすがに。
何度か心の中での最終チェックを繰り返す。
ものを捨てるというのはやっぱり気合がいる。
基本、そう出歩かないので服をあまり買わない。ところが母が買ったけどきつかった、派手だった、あんまり着なかったと、服を持ってくる。
微妙に上等で、微妙にお品の良い服は私の雰囲気にも日常にも活躍しないのがわかっているので断ることもあるのだが、全部シャットアウトとなると姫はちょっとむくれて帰っていくのでつい、引き受けてしまう。
昔は、学校に行くときなんかにいいわよというのが常套句だったが、息子も社会人になった。今の決め台詞は
お医者さんに行く時にいいわよ、である。
色気のない。
おかげで私の箪笥にはショッキングピンクのビーズが襟元についたニットのアンサンブルや、ふわふわの毛糸のカーディガンが眠っている。
持ってくる時は1点2点でも、何年も積み重なると、次第に母の服がのさばってくる。
よし、どうせならこれ着てエプロンをしてトイレ掃除でも料理でもすればいいんだ。もういらないってよこしたんだし。
しかし、そういった服は動きづらい。くつろげない。
どこまでも私の暮らしと相性がよろしくないのである。
どちらかといえばこっちをなんとかしたいのだが、忘れた頃になって「着ないなら返して」などと言い出すことがあるので、ぱっぱか売ってしまうわけにもいかぬ。
私のヨレヨレシャツを引っ張り出し、納戸に山積みにして一週間。
今日、資源ゴミで出すつもりでいた。
しかし起きてみると肌寒いではないか。
服の山に目がいく。
捨てるのはいつでも捨てられる。
山から黒いパーカーを引っ張り上げる。
これ、ここで着ちゃったらまた捨てられないような気がする。。。
箪笥にはマダムの衣装が。着るのは息子のお下がり。
ううむ。いかがなものかこの自主性のなさ。
ま、いっか。袖を通してラジオ体操ラジオ体操。