とろろ蕎麦も捨てがたい

朝の公園は意識高い系の若者だけ、なんてことはなく、普通のおじさん、おばさん、おじいさん、おばあさんたちが走っている。

それが、早いのだ。

普段着の延長のようなTシャツにジャージでも、足元はごっつい本格的なスニーカーである。それが「本物だ」と思わせる。

どう見てもはるかに歳上の先輩たちが、シャッシャッシャッと、筋肉が盛り上がっている脹ら脛を蹴り上げ駆け抜けていく。

歩いて広場まで辿り着き体操するのがやっとの私は、あこがれ、同時に軽く落ち込む。

この年齢で、こんな筋力のないことで私の老後はどうなっちゃうんだ。

つい最近まで自分は別枠だと開き直っていたくせに、ちょっとラジオ体操デビューしただけで彼らみたいになれたらと思ったりする。

家の中では休んだりしながらも問題なくこなせるようになったが、ハイキングとか、街歩きとか、やはり今は無理だ。

ICUから生還し、対面で家族に行ってらっしゃいと言ったり、ご飯を作ったりできることを本当にありがたいと思ったし、今でもそれは忘れてはいない。が、やはりちょっと悲しい。

ま、欲張らない欲張らない。

 

洗濯物を干しに階段を上がっているとき、手すりに捕まっていないことに気がついた。

あら。

その翌日。

ドトールの螺旋階段。急な段差が怖くて手摺に手が伸びた。いや、もしや。

手を下ろし、膝に意識を向けて足を上げる。右、左、イッチ、ニ、イッチ、ニ。

おぉ。手摺なしで上がれるようになってる・・・。

ちいさくちいさくだが、身体は反応していたのだ。

私基準で、ちょっとずつ強くなっている。

もうキョロキョロよそ見はせず、自分の目線の先だけを見つめて歩こう。

自分だけを見て、喜びながら続けよう。

ちいさく、を積み重ねていくしかない。

退院して10年。気持ちは随分タフになった。

ここからの10年は筋力だ。

10年かけたら私の足腰も、今よりいくらか違っているかもしれない。

今、53。10年経ったら63。

63になったらパーソナルトレーナーについてもらおう。

目標は65歳、高尾山デビュー。

遠足でよく行った、家族とも、大学の友達とも、思い出がたくさんある山。

あそこにもう一度自分の力で登りたい。

頂上のあの売店の前で写真を撮って、おにぎりを食べるのだ。

とろろ蕎麦もいいなあ。

 

不可能な夢ではない。

時間はたっぷりある。その間にじっくり考えよう。

頂上で、おにぎりにするか、とろろ蕎麦にするか。