おじさん

雨。ラジオ体操。

今日もしれっと、あの幹部メンバーに混ざる。

始まるころ、小屋に向かうと既に七人、いた。

あ、また来た。という視線がくるが、敵意の無い、いい意味での無関心さが心地よい。

傘をコンクリートに引っ掛かけはじっこの壁に近いところに立つと、父親くらいの年齢のおじさんが近寄ってきた。

よく来るね、とか、あんた誰とか言われるのかなと様子を伺う。

すると

「だいぶ元気そうになったね」。

びっくりした。

そうでしょうか

「あぁ、前はもっとこう、大丈夫かなって感じで、だいぶ変わった、変わったって感じるでしょ、自分でも」

初めて会う人だ。

見かけたこともない。町内はもちろん、このラジオ体操での中でも存在すら知らなかった。

そうか、老けて見えるんだ私。きっとお仲間の誰かと間違えているんだ。

ああ、こんなおじさんのお友達と間違えられるほどなのかと軽く落ち込みつつ、笑顔で対応する。

「うん。お宅の前をよく通るから。だから見てたけどだいぶ元気になったよ」

おじさんの言う、自分の住む番地は近所ではない。しかし私の顔を見る表情は確信的でまるで昔からの知り合いのようだ。

「あの、私をご存知なんですか」

「知ってる。あの、緑道の」

ウチだ!私だ。

ゴミ出しや買い物帰りをご覧になったのだろう。だいぶ元気になったとは、本当にボロボロだったあの頃からご存じだったのかもしれない。

訝しんでいたのがパッと晴れたのが伝わったのかおじさんは踏み込む。

「やっぱりどこか悪かったの?」

話せば長い。が、ここで語るには重すぎる。

「ええ、もう10年程前、4ヶ月ほど入院して、気持ちも落ち込んで。なかなか戻らなくて。体操やってるのを見かけてもやる気にもならないし、その体力もないし。やってみてもラジオ体操が最後までできなかったんです」

それがね、この夏、飛べるようになったんです!とまで話したかったが控えた。

4か月入院、のところで眉を下げ、そりゃ大変だったねと小さく頷き、

「よかった。まあ元気になって。これ、いいですよ。続けるといい」

と笑うでもなく、お説教するでもなく、でも真面目に優しく言ってくれた。

音楽が始まった。

おじさんはくるっと前を向いて自分のポジションに戻っていった。

私も体操をする。

いつものように身体を動かすが、ぼわんとしていた。

暖かい。

見えないなにかに包まれた中にいる、あたたかさ。

今の私を肯定してくれる場所に辿り着いた。

こうして小さく小さく私は違う次元の世界で生き始めている。

また、ひとつ、居場所ができた。

体操が終わると、おじさんは、振り向き、じゃ、とだけ言って去った。

みんなのために置いてあったラジオを持ち上げ、お世話係の女性に渡し、お礼を言われ、それに対しても会話をするでもなく、さっさと帰っていった。

しばらく頭がぼーっとしていた。

死んだ父が

それでいい、それでいい。やっと軌道にのったな。それでいいんだよ。

そう伝えに降りてきたのかもしれない。