今朝、ふと思い出し、冬のよそゆきパンツを履いてみた。
体重計に乗るのをやめ、一年。
減っても増えてもザワザワ落ち着かない自分から解放されたくて毎日測っていたのをやめた。
ざわ。
慌ててもう一つの黒いのを履く。
きつい。苦しくないが明らかにピタっとしている。
こんなんじゃなかった。
たしかに最近は食べられている。
かと言って食べ過ぎには程遠い。相変わらず妙な偏りのある、安心できる食材、環境でないとという、奇妙な食生活が続いている。
大きな変化は下剤をやめたこと。
食べられないものだから重量がすくない。たがら腸も動かない。
だんだん薬に依存していくのも、病んだ心からくる秘密が増えていくようで嫌だった。
下剤で出したお腹はいつもぺっちゃんこ。
そのスッキリした感じが、クリアになったようで安心した。
なんの取り柄もない自分がリセットされ、浄化されたような、存在すべてが正しいと証明されているような、そんな感覚にすがって安定を保っていた。
薬をやめ、食事が喉を通る今の私の下っ腹はぽこっとしている。
あばらの浮いた上半身にこの腹は妖怪のようだ。
しかし、もうリセットする自分には戻れない。戻るものか。
生まれ持った体質。てんかん。心不全。肝機能。そこに自分の未熟さで加わった摂食障害。
下っ腹は出たが人に言えないような、恥ずべきことはしていない。
母に対抗する力もついた。
ぴょんぴょん、二、三回だが、飛べるようになった。
よく笑い怒り、許し、笑うようになった。
不安はときどきやってくるが受け流す術もついた。
そうか。
このぽこっと膨らんだ下っ腹には、私の心の安定と幸福が詰まったのだ。
体操、朝の空気、会話が少ないのに繋がっている夫への安心感と安らぎ、息子への信頼と愛情。海外ドラマ、うっとりする音楽、そして静けさ。
まだまだ浮かぶ。
体型が変わったことで取り返しのつかないことになったのではと動揺したが、そう考えるとこれは良きことなのだと落ち着いた。
ダメな方向にむかった変化ではないのだ。
そして知っている。
人はその人の表情をみる。行動を見る。発言を見る。
誰も下っ腹を見て私を判断したりしない。
現に、夫の頭皮はすっかり地肌が見えるようになったが、私は今の彼のが一番好きだもの。