誰にも知られてはならぬ

先日、傘を持っていたが、雨の勢いが強く膝から下がびっしょり濡れた。

スニーカーもズブズブ水を含んで重くなっている。

しかし外は大雨で今洗っても干せないしと、そのまま玄関に放置した。

なにより自分がびしょ濡れで着替えることに頭が一杯だったのだが、今思えばあのときせめて新聞紙を丸めてつっこむくらいしておけばよかった。

翌朝、かわかそうと玄関外のブロックに置いた。

それ以来すっかりそれを忘れ、出しっぱなしのまま別の靴で歩き回っていたのを昨日、あっと思い出した。

さわってみると生地のところは乾いている。

よしよし。取り込もうと持ち上げると、異臭がする。

靴の中敷きが雨と汗と混じって生乾きになっているあいだにえらいことになっていた。

ツーンと鼻をつく、気が遠くなるような、悪臭。

青春真っ盛りの息子の通学靴だってこんな臭くなったことはない。

反射的に夫息子の靴の臭い対策に買っておいた消臭スプレーを思い切り靴の中に吹きかけた。

スプレー缶には抗菌、消臭とある。きっとこれで大丈夫。

念には念をとかなり大量にスプレーをし、おそるおそるもう一度鼻を近づける。

消臭剤の花のような甘いいい香り。

よし。これをもういちど乾かそう。

また、そこに干した。

今朝、もういいだろう、それを履こうと持ち上げた。

うっ。

手に取った瞬間から、さらに強くなった悪臭がしてくる。

とんでもないことになっている。これが自分の靴からするのかと思うと絶望的になる。私の足の裏から沁み込んだ成分がこの臭いのもとだなんて、これは男どもに知られてはならぬ。

とりあえず一旦、そこにもどす。

家に戻りトイレに入った。そこでよく考える。そうだ。中敷きだけ、とりだして洗えばいい。

洗剤をつけてゴシゴシ洗ってみよう。靴全部か臭いわけじゃない。最悪、中敷きを買い換えればいい。

気に入っているスニーカーが全滅にならないプランを思いつき、少し落ち着きを取り戻した。

もう一度靴に近づく。幸い、中敷きはスルッと抜けた。

それを持って風呂場に行くが、その移動だけでも家の中に嫌な臭いが漂う。

コソコソ、洗濯洗剤で洗い始めた。一度洗いでは臭いが取れず、再度、洗う。

夫が起きてきた。

焦る。

普段、鼻に指を突っ込む夫を汚いっと怒るこの私が、こんな強烈な腐敗臭のする自分のものをセコセコ洗っているなどと知られるのはきまり悪いではないか。

「おはよう。なにしてんのぉ」

「うん、ちょっと」

洗剤を洗い流し、雑巾でトントンと水気をとってハンガーに洗濯バサミで止めた。

こんどこそ、洗濯洗剤のすっきりしたいい香りになった。

ベランダにひっかけた。

1時間後、2時間後、においを嗅ぐ。

よかった。消えた。

恐ろしくてそれから何度も鼻を近づけに行った。

完全に、消えた。

誰にも知られることなく事件は葬られたのだった。