こだわらない

午前中のうちに冷蔵庫の残り物で作り置きをする。

夕方になにか保険があると安心できる。それがないと午後、ドラマを観ながら頭の隅で「今晩なににしよう」と考えてまったりモードに突入できない。

夫も息子も買ってきた餃子や唐揚げがでてきても文句を言ったりしない。むしろ、喜ぶ。

それでも私がせこせこ手料理を用意するのはなんなのか。

家族の健康管理のためか。特別料理が好きなわけでもないし、上手なわけでもない。

ましてや摂食障害に加えて食事制限もある私は、作っても自分ではそれを食べないことも多々ある。

フライやハンバーグなどを男子チームのために作り、自分は鶏胸肉やレバーや魚などの安心できるものを食べるのだ。

もし、ここにカプセルがあって、これさえ飲んでおけば栄養面はバッチリ、というのであれば私はどうするだろう。

自分が作ったものを家族が口に入れて健康管理を保っていると自負したいのか、ダイレクトに「うわ、おいしい」と言われて得意になりたいからなのか、結局のところそこに自分の存在意義を強く感じている拘りだけのような気もする。

今日、午前中の立ち仕事が思いのほか疲れてしまって、昼ごはんの支度がどうしても面倒になった。

息子が出社していて、夫のだけ、というのも気を緩ませる。

買い物にいったその先で、散々迷ってフィルムに包まれたおにぎり二つとハムとチーズの菓子パンをカゴに入れた。

おにぎりくらい握ったれよ。

罪悪感と開き直りとでウロウロ行ったり来たり。でも買った。

帰ってからマグカップに入れた牛乳と一緒にお盆に乗せて二階に持って行く。

フィルムのついたまま、袋に入ったまま。潤いも何もない。

「あぁ、ありがとぉ〜、ありがとねぇ」

よろこんだ。

私の手で握ったときのと同じテンションで喜んだ。

なーんだ。これでもいいのか、ありなのか。

そうだよな。そういうために、スーパーに売っているんだもの。

へんな意地はって疲れて不機嫌になるなら、こういうのも使えばいいんだ。

もともと百点じゃないんだから。

気楽にいくべ。