人の声

朝のラジオを聴きながらぼんやりした頭で考える。

そうだ。しばらく外出控えないといけないんだ。

昨夜のうちに当面必要な食材やら、ゴミ袋、洗剤などの日用品をネットスーパで注文しておいたから買い物に行く必要はない。しかし、1日家にいなくてはならないと思うと息苦しい。

今日は暑くなるとラジオのアナウンサーが言っている。

今のうちに、散歩してこようか。

起き上がり、家の前の緑道をまっすぐ進む。午前7時。ちょうど出勤通学と、犬の散歩の人達で賑わい始めている。

財布も持たず、マスクと携帯とイヤホンだけでただ、歩く。

これからの数日、朝は自由だ。なにしろ全員家にいるのだから。

息子はきっと9時過ぎまで寝てるだろう。夫にはお盆に朝食をセットしてきた。

急いで帰らなくちゃなんて考えず、のんびりのんびり歩いた。

横道にそれ、野菜の無人販売を見つけた。

なにかいい方向に向かっている。そんな気がする。

しんどくて息苦しいのに、なぜだろう。そう強く感じる朝だった。

 

午後、保健所から電話がきた。

これからSNSで毎日連絡をとるそうだ。食糧が必要な場合も、ここから連絡をすればレトルトをいくつか届けてくれるらしい。

患者本人が眠っているので私にいくつか確認された。

発症してから10日たち、そこから前後72時間以内に7度5分以上の発熱がみられない場合、行動制限解除となる。

「あの、質問があるのですが」

家族として濃厚接触者にあたる私自身の行動制限はどれくらいのものなのか。スーパーへの買い物も禁止なのかと尋ねた。

「ご家族で発症していないのでしたら、不要不急の外出は控えていただきたいですが、短時間のお買い物は不要というわけにはいきませんものね。いらしてくださって大丈夫です。」

いきませんものねという、やさしい語尾に気持ちが緩む。

「じゃあ、買い物リストを作って大急ぎで店内をぐるっとして帰ってくるのはいいんですね」

「ええ。いらしてくださって大丈夫です。大変ですものね、食べるものは」

我が家に電話する担当になったこの人が優しい人でよかった。

こういうとき、やっぱり人の声だなあ。

選挙のときにかかってくる国民調査のアンケートのように、機械的なAIの音声であれこれ質問され、こちらからも質問し、同じ答えが戻ってきたとしてもこうは安らぎを感じないだろう。

「大変ですよね」

気持ちがうわずっていたのがスーッと落ち着いた。

外出禁止と言われて出られないのと、禁止じゃないけれど外出を控えるのとではストレスがかなり違う。

発熱が15日。私は濃厚接触者なので22日まで発熱しなければ、無罪放免となる。

週末、めでたいめでたいと浮かれるぞ。