堅物

あのさ。ちょっと教えて欲しいんだけど。

出社の支度をしていた息子に聞かれた。

「会社の昼休みって仕事しなくていいんだよねぇ」

「いいんだよ。早く帰りたいけど仕事が終わらなそうとか、取引先との打ち合わせの準備があるとかでデスクにいる人もいたけど、基本、昼は社内電話も緊急でない場合は遠慮するのがマナーだったよ」

短い会社員生活の経験から答えた。

「金融で古い社風のところだったし30年前でもそうだったよ。キミの勤めているところはもっと自由なんじゃないかと思うけど」

職場に休み時間も仕事している人がいて気になるのか、それとも食事が済んだのならさっさと仕事しろと言われたのか。

「あ、そうなの。やっぱそうだよねえ」

息子の言わんとすることは意外だった。

「おれ、昼休みっていうくらいだから昼ごはんのための休みで食事が済んだら席にいないといけないのかと思ってさ」

買いたい本が手に入らずネットで注文したいが、昼休みにそれは許されない行為なのかどうなのかと迷っていた。

「それはいいんだよ。食後、コンビニに払い込みに行ったっていいし。日本橋丸善なんか覗いてごらんよ。ご飯食べ終わったサラリーマン達が、ビジネス書とか話題の新刊とか立ち読みしたりしてるはずだよ。私のときも注文していた化粧品をデパートに取りに行く先輩もいたし。昼休みになるとネットで不動産の検索してる人もいたよ」

「なんだ、そうかよ。俺、そういうのわかんなくてさ。基本雇われている身だから。拘束時間の自由はないのかと。ネット注文しちゃって、注意されたらやだなとか考えちゃってさ。」

その恥ずかしそうな表情に「ばっかじゃないの、あったりまえじゃない、そんなの」とからかってはならぬと感じとる。

まさに今、言う寸前だったのをひっこめた。

彼は大真面目なのだ。大真面目に困っていた。

確かにそんなところまで会社は教えない。ほとんど暗黙の了解でなりたっている。

職場職場でそれをよしとしないところもあるだろう。

上司の気質によっても違ってくるのかもしれない。

未だに誘われたら食事はみんな一緒にというのが決まりのところもあるらしい。

息子の言うように食事さえ済んだら着席し、午後からの業務に備えるのが社風のところがあっても不思議ではないといえば不思議でもない・・か。

「でもこの前先輩が休み時間にライブのチケット手に入れるために電話しまくってたって言ってたくらいだから、御社ではそれはアリなのだと思うよ」

「そうか。そうだな」

「言っている意味わかる。そういうのっておっかなびっくりのとこ、あるよね。私も会社にいた時、先輩にお使い頼まれて、寄り道してきていいよって言われたけど、ドキドキしてできなかった。わかる、わかんないもんね線引きが」

ほんの少し前、さも世慣れた大人ぶって馬鹿にしようとしていたくせに、話しながら自分もそうだったと思い出した。

「大丈夫だよ、休み時間にスマホで買い物したって。それを見られても。怒る人はいない」

そうか。ありがとよ。

素直に照れて「じゃ、行ってくる」と出ていった。

かわいいのう、青年。