友人と別れて家に帰りつき、カバンから持ち物を出して気がついた。
鍵が、ない。
いやいやいや。ちゃんとよく見ればきっとある。長い赤い皮の紐のキーホルダーを鞄にくっつけているのだ、なくなるはずがない。
しかしないのだ。
玄関先で焦り始める。家族がいたので出発するときも帰宅した今も使う必要はなかった。いつから無いのだ。
中身を全部引っ張り出して逆さまにしても内ポケットを見ても、どこにもない。コートのポケット、スカートのポケット、ない。
「鍵がない」
無くしたと言わず、あえて無いと言う。それくらい、自分の不注意と思えないのだ。
夫も一緒に探してくれたが消えた鍵は出てこない。
あそこか。あそこか。今日たどった道をさかのぼり、駅、スーパー、沿線の事務所、おしゃべりしたスタバ、思い当たるところすべてに電話したが届いていなかった。
「大難を小難でさけたんだよ」
「新しいの作ろう、大丈夫」
二人とも怒らない。優しい。それが余計気持ちを萎ませる。
住宅メーカーの夜間緊急対策ルームに事情を話し、鍵の交換の手配を依頼した。
「本日業務は終了しておりますので明朝、10時ごろまでにご連絡申し上げます」
そこまで完了して幾分ほっとする。
夕飯に肉豆腐を作ってでたが、遅くなったので握り寿司を男性陣のぶんだけ買って帰っていた。
偶然とは言え、お寿司買っておいてよかったぁ。
「オッお寿司、ひさしぶりだな」
「ラッキー」
罪人は居場所を確保する。
今朝、目が覚めた瞬時に思い出す。
それとまた同時に夫が私に言う。
「トンさん、鍵なくしたこと、いいんだからね、大丈夫だから」
「トンさん、いいんだからね、新しくすればいいんだからね、トンさん悪く無い」
やらかしておいてなんだが、やや得意げに上からのポジションで何度も言われると素直に反省できない。
「いいんだから、ほんと、気にしなくて、誰でもやることだから」
くっそう。
「ありがとう・・」
「いいのいいの、トンさん悪く無いよ、買ってあげる、新しいの」
朝の支度をしようと冷蔵庫をあけるとワインの瓶が無い。夫が夜中一人で飲んだのだ。
怒る立場にない。
あいつ、やりやがったな、くっそう。
罪人、タチが悪い。
鍵会社から電話が入り、お困りでしょうから今日これから伺いましょうかというのでお願いした。
無くしたのは上だけだが上と下で二重ロックに二つの鍵を使っている。セットで一式取り替えることにしたので概算で4万はかかると言われた。
それにも凹む。
「ごめん」
ところが業者さんがやってきて我が家の玄関ドアの鍵を見るなりこう言った。
「この鍵、20前にピッキングに甘いことで問題になったタイプのですよ。新聞でもニュースでも騒がれて。いっとき大騒ぎになって四ヶ月待ちで取り替えたりして」
20年前といえば、この家に入居してまだ数年、新築に近いからうちは大丈夫と受け流したのだろうか。それとも二世帯で必ずだれか家にいるから平気だわと問題視しなかったのか。
「よくこれまでご無事で。なにごともなくよかったですね」
それを聞いて萎んでたのが少し元気づく。
「もともと危なかっただんだって。防犯性がかなり弱いもので問題になってたんだって」
夫に鼻息荒く報告に行く。
「ね、危ない鍵だったんですよね」
もう一度彼の前で同じことを言ってもらう。
じわじわ威張り出す妻。しおらしかったのもわずか一晩だった。
住宅メーカーで扱っている中で一番安全だという鍵に変わった。
「よかったねぇ。あぶなかったねえぇぇぇぇ」
夫も息子も一度も責めなかった。
そこを忘れてはいけません。