息子の会社での悩みは課長と信頼おける男の先輩に話を聞いてもらうことで一件落着した。
と思われていた。
しかしここにきて、再燃。相手は人間だから、ジャッと水をぶっかけて火種を消すなんてことできないから当たり前なのだった。
あくまでも本人の言い分だから、あちらから見たら息子のことこそ、使えねえ奴、と苛立っているかもしれない。
彼が言うには今年度から引き継ぐことになったが、いっぺんに渡してくれず、ちょっと渡しては確認、またちょっと渡しては確認、しかもそのチェックする頻度が異常に多いからなかなか先に進めず仕事が終わらない。
「他の先輩からのはもうとっくに引き渡されているってのにさぁ。」
金曜も11時に帰ってきた。
「また課長に相談すればいいじゃない」
「言ったさ。課長もそのチェックは多すぎるねってさ」
じゃあ、それとなく言ってもらえばと完全息子寄りの私はムキになる。
「そうもいかないよ、あいつなんでもかんでもうるさいって思われる」
自分でなんとかしろ、それっくらいと思うにきまってる。
そういうものか。
「だって部下が仕事しやすい環境を整えるのも課長の仕事でしょ。管理職なんだから」
物事はそう単純ではないらしい。業務に関わる問題が発生したら上司に相談すればいいってものでもない。小学生じゃないんだから。
難しいんだね。
課長に言えないそのぶんを、ごちゃごちゃ私に向かって放つ。
聞かされるこっちはたまったものではない。そうかと言って家でも吐き出さず、心の中に溜め込まれてしまうよりはいい。
しかし、聞かされてる親はどうしても身贔屓で話を解釈する。するとありもしない妄想を膨らませ、とんでもないことが起きているような気になってくる。
こっちのメンタルが脅かされそうだ。
「お得意の紙に書いて整理するの、やればいいじゃん」
反抗期の頃、ゲームの時間を制限しようとする私に、いかにそれが自分にとって大事な瞬間なのか、これを維持するためにどうしたらいいか、自分の考えをまとめてレポートを書いてきた。あまりに理路整然としていたので納得して本人に任せた。
思考を整理する時に紙に書いて向き合うのは彼のやり方だ。
「書いたってなんともならねえことなんだよ」
今朝4時半、トイレに起きると息子の部屋から灯りが漏れている。あいつ、またタブレットみながら電気消さずに寝たなと、扉を小さく開け、手だけ突っ込んでスウィッチを切った。
「起きてんだよ」
驚いて中を覗くと、机に向かって腰掛けた彼がiPhoneを手にこちらを見てる。
「なにしてんの」
「書けって言うから書いてたら、どんどん気持ちが暗くなってきた」
おいおいおいおい。
「紙にペンで書くんだよ、そんな小さな画面に向かってこんな時間にやったらそりゃ暗くなるさ。もっと明るい時間に窓を開けておやり」
そう言って洗面所で手を洗う。
そうとう追い込まれているようだ。かわいそうに。
寝室にもどるとき、もう一度声をかけた。
「とにかく、あなたは悪くない。一生懸命やってる。やり方が間違ってるのかもしれないし、経験も能力も追いついてないのかもしれないけど、あなたは悪くない。だいじょぶ」
でた。私の大砲。
ダメでもできなくても、失敗しても、あなたは悪くない。よく頑張ってる。
無責任な母親の発言だと承知で大真面目に言う。
だってこれしかないもの、もう。
「そんなことじゃないんだよ」
さすがにそんな言葉で安心する年でもなくなった息子は脱力していた。
ベッドにもぐり、つい、彼の心配事について思いを巡らしそうになる。
いかんいかん。
お父さん、息子をいい方向に導いてやってください。お願いします。
神様、息子をよろしくお願いします。
何度か強く念じた。
よし、もう大丈夫。寝よっと。
あとは神様とお父さんがなんとかしてくれる。
そう信じている。本気で。