カレーの怨念

昨日に引き続き今日は歯医者。

奥歯の被せ物がぐらぐらしている。うっかりガムなど噛んだら、一緒にひっつけ外れてしまいそうだったので予約したのだ。

昨日の疲れが残っているので、今日は帰ってきたらなにもしなくていいよう、朝からカレーを作る。

予約は11時45分だし、そう時間もかからないから2時ごろには帰ってこられるが、きっと余力もないだろう、午後はのんびりドラマ三昧しーよおっと。

このところ間に合わせにパパパパパっと作るカレーで、味に深みがないのばかりだった。せっかく朝から仕込むのだから、ひさしぶりに丁寧に作る。

鶏肉には舞茸をみじん切りにしたのをまぶして置いておく。テレビでやっていた。酵素の力で肉を柔らかくするのだそうだ。

玉葱も飴色になるまでじっくり炒め、一度取り出す。

鶏肉を炒め、玉葱じゃがいもにんじんを加え、トマトとローリエと水も入れ、煮込む。

いつもよりちょっと値段の高いルーを買っておいた。いそいそと開封、投入。

ゆっくりゆっくり鍋の中身を掻き回す。おいしくなれ、おいしくなぁれと、心の中でのおまじないも今日はちゃんとする。

尖った味を丸くしたくて米麹を少し入れてみた。砂糖と違って優しい甘味がルーの化学っぽさを包んでくれた。

よーし。

じゃがいももほどよく崩れる寸前、玉葱もとろけてにんじんも柔らかく、すべてが一体化した。

我ながら今回は自信作だ。きっと評判がいい。

鍋をコンロの奥に移動させた。

夫も息子も昼ごはんは大抵2時、夫はそれ以降4時ごろ「おにぎりとかある?」と降りてくることもある。それまでには帰るであろう。

もし、遅かったら肉まんとピザまんがあるから適当に食べといてねと言ってもあるしと、なにも用意せず家をでた。

帰宅すると、夫が降りてきた。

「お昼ね」

「うん、今、カレー食べた」

「えぇっ!?あれ夕飯だったのにぃっ!」

わたしの反応に慌てて「でも、ちょっとだけだよ、そんなに減ってないから、ごめん、ごめんよ」と夫は罪人のように謝る。

「わざと奥のコンロに置いてあったのに。はぁぁぁぁ・・・もう・・・夜もカレーだからね」

妻のあまりの落胆ぶりに

「あ、いい、いい、僕、トンさんのカレー大好きだから。ごめん、がっくりしちゃった?」

逃げるように二階に消えた。

夫が昼夜カレーでいいのならなんの問題もない。・・ないはずなのに。

一人残った台所で、沈んだ気持ちが膨らまない。

なんで食べちゃうんだよぉ。

 

自分の昼ごはんの用意をしながら考える。

なんで私はこんなにがっかりするんだ。全部食べちゃったわけでもないのに。

入れ替わりに息子が降りてきた。

「昼、肉まんだったよな、これ、食べるよ」

「カレー作って出たら、歯医者行ってる間に食われた」

大爆笑しながら肉まんを頬張る。

「だいたい、鍋開けてわかりそうなもんだがな、これ食ったらまずいやつかどうか」

言われてみればそうだ。鍋いっぱい、水平にできているカレー。どうみても夜だろう。

「私が居たらおにぎりがいいって言うのに、なんで一人だとカレー食べるんだよ。自分でおにぎり握ればいいのに」

怒りが再燃する。

「要するに自分で何か作るという気がないんだな。ま、俺も人のこと言えんが」

ワッハッハとまた笑う。

「もうガッカリだよ。そんなにカレーが好きなら、今夜も明日の朝も夜もなくなるまで出し続けてやる」

「なんでそんなにガッカリするんだ?」

なんでだろう。

要するに気合を入れた特製カレーを、いつもの雑に作った「とりあえずのカレー」と同じように、なんの感動もなく夫が腹を満たすためだけのものとしてチャチャっと食べたことが残念でならないのだ。

「あ、今日のおいしい」

そう言われるぞと期待して、ニンマリ鍋を掻き回していたものだから。

そう考えると、あんなに憤慨することもなかったか。

ちょっと気の毒なことをした。

ごめんね、というのはこっちの方であったかも知れない。

言わんけど。