第二章を

昨日は夫も息子も揃って出社の日だった。

どこか行こというエネルギーもないし、第一、こんな日に家を開けるなんて勿体無い。

一日中家の中で勝手気ままに過ごそう。

一人だと時間を遮られない。思いがけず気になっていたことをあれこれ深掘りすることができた。

私の摂食障害は主に外食と母、姉の作った食事、そして二人が加わった食事会にでる。

裏返せば一人のとき、夫息子との食事のときは気持ち悪くなったり、ドキドキしたり、しない。

先日、夫が遅い昼を食べているところに母が立て替えていたヤクルト代を持ってきた。

はい、これ、ありがとう。

あ、はいはい。

その後なにを話したか覚えてないが、明るくユーモアも交えたやりとりができたと思う。

母が帰ると夫がつぶやいた。

「やっぱりトンさん、お母さんと話す時、緊張するんだね」

自覚がなかったが、いつもの私となにか違うと言う。

カウンセリングをきっかけに気付いたことがある。

無能だとあきれられたり怒られたりするのと同じくらい、私は母と姉から揶揄われ嗤われることを極端に恐れているようなのだ。

馬鹿だなあと笑われる心地よさ。友達や夫、息子からは感じるのに二人が私を笑うと泣きたくなる。

今ほどそう太っても痩せてもいなかった頃から二人に、下半身デブだからなにを着ても垢抜けないねと笑われてきた。まさかそんなこととも思うがやはりそれも、食事中に吐き気や動悸や緊張した不自然な仕草がでる要因のひとつになっていたのではないだろうか。

 

なんかくやしい。

 

まぬけな話だが、今頃になって悔しく思う。

無神経な言葉を当たり前のように投げかけ続けた二人へのくやしさ。

認められたいと、方向性を間違え続けた自分の軸のなさが、なにより情けなく悔しい。

なにやってたんだ、あたしは。

それで、昨日1日かけ、とにかくこの家の中で食べるときは辛くないのだからそこからはじめようと、自分改造計画食事編に取り組んでいた。

今の体に必要なエネルギーは足りていた。栄養素もクリアしている。

体重をふやそう。体重が増えれば、体だけでなく心も脳も強くなるのではないだろうか。

今のように母と姉の言葉にブレブレしない、大地に根をしっかり張った揺るぎない私。

堂々とした私を身籠ったくらいのつもりで、本腰を据え新しい自分をこの世に出現させよう。

ワクワクしてきた。

ふふふ。ふふふふ。

家族の誰にも知らせず、ニューバージョンに生まれ変わる自分がいる。

失敗してもへこたれない。失敗してもあきらめない。

強くなる。

 

一人きりの家の中、そんな計画を練っていた。

夕飯のご飯の量とおかずを意識して一品増やす。

張り切りすぎないように。じわじわと、なんとなく、だましだまし。

それでもこれだけの覚悟をしても、鏡にうつる自分が太り始めたら、うろたえるのだろうか。

また馬鹿にされると急に怖くなって、ガリガリに戻りたくなるのだろうか。

うんにゃ。

そんときは、がんばれわたし。突き進め。

受けながさないと先にいけない。

私の価値は私が決める。