今日は早く仕事を切り上げると言っていた息子もそういうわけにはいかないようで就業時刻を過ぎても降りてこない。
夫に至っては昼ごはんも抜いて没頭している。
先週、お豆買ってきたから、今年もどちらかよろしくと二人に向かって言った。
任せとけと揃って答えたから待っていればいいのか。
母の家からはシャッターを下ろす音が聞こえてくる。
時刻は7時になった。夕飯の支度を終え、先に風呂に入る。
湯船に浸かりながら決めた。
私がやろう。
2階に声をかけて中断して降りてこいというのも憚られる。
母がシャッターをおろしたということは今年は無いと諦めたのだろう。
それならそれでもいいか。無理して撒くこともない。やらない家だってたくさんあるんだし。
別に絶対やらなくちゃダメなことでもない。豆まきだってそうだよな。
・・・。
なまじ父との思い出などを書いただけに、引っかかる。
やっとくか。
風呂から出て髪を乾かし、閉まっておいた節分豆を取り出した。
お印程度にしか撒かないし、残った豆を年の数だけ食べる人もいない。それぞれ縁起物だからと数粒、つまむくらいなのだ。
毎年持て余してきな粉にしたり、私がおやつがわりに食べ続けることになる。
それを敬遠して、今年は小さな小さなものにした。
紙でできた枡に一握りほどの豆が入れられている。それをセットして実家につながる中扉を開けた。
「こんばんわ。申し訳ありません、不肖私めが今年は豆を・・」
お盆に夕飯の用意を乗せ、姉の帰りを待ちながらテレビを見ていた母はなあに、と振り返った。
「あら、まいてくれるの?今年はないのかと思ったわ。孫ちゃんたちは」
「二人とも仕事が終わらないようなので。役不足ではありますが私がやらせていただきます」
あらあら、それはそれはと言いながら勝手口を開ける。目の前にご近所の家々が見えて一瞬怯む。
ええい、もう開き直るのだ。
鬼わーそとー、福はーうちー。
みんな安心しろ、町内の災いは我が家が一緒にまとめて払っておくぞ。
仏間と玄関と、ごくごく簡単に、短く、少ない豆をパラパラ撒いた。
今年はやらないのかと思ってたわともう一度言いながら、母は嬉しそうだ。
お父さんが喜ぶわ。ありがと。ご苦労様。
やっぱりやってよかったのだ。
自宅に戻る。
さて。二人は2階。今度は一人。いよいよ照れ臭くしらけるなあ。
ええい、勢いでやるか。
自分で勝手口を開け、暗闇に向かってオニワーソトー。
事務的に事務的に。こ言う時は事務的にささっとやるに限る。
余計な感情が出てくる前に続けて玄関の扉を開け、半ばやけ気味に大きな声で再び叫ぶ。
ガチャ。ドドドドドドッ。
夫が急いで降りてきた。
「ごめんごめんごめんごめん、やるやるやるやる」
「もう終わっちゃったよ」
「え、あ、あじゃあ、父さんも、やる」
大きな声だった。
ガチャ、ドドドドドドドドッ!
息子も駆け降りてきた。
「なんだ、やっちゃってたのか、貸せ、俺が撒く」
相変わらずのボソッと呟くような低音で鬼は外、福は内。
狭い玄関に三人ごちゃごちゃ、揃って豆を撒く。
ほんの数十秒。
「じゃ、父さん、まだ仕事ありますんで」
「はいはい、もうあとはご自由に、わたしゃ、ご飯、先食べますんで」
「俺、もう仕事終わりそう。でも先風呂入る」
銘々散らばり、玄関の灯りは消え、静かになった。
ぎゅっと集まってパッと散る、うちの家族らしい節分だった。
来年は息子、まだ家にいるだろうか。
そういや母からポチ袋貰わなかった。