息子はあれから課長に相談することにしたそうだ。
さんざん迷っていた。
「大事になったらどうしよう」
高校3年の二学期になってすぐ、上履きを盗まれ、買い、またすぐ盗まれ、買い、腹を立てた息子は毎日上履きを持ち帰ってきた。
教材だけでも重いカバンは上履きでさらに重くなった。
「もう買ってくれなんて悪くて言えないし、キリがない、こうすれば何もできない」
勝ち誇ったようにそう言うがこっちとしては痛々しく、買って済むならそうしてやりたい。
が、黙ってやりたいようにさせていた。
その時、最終的には先生に話したが犯人はなかなか見つからず、卒業間際まで毎日持ち帰る日々は続き、忘れた頃連絡が入った。
盗んでいたのは同学年の生徒だった。知らない子だった。その子もその子なりに何か辛いものを抱えていたのだろう。
電話口の先生は警察に連絡をしたいかどうするかと私に聞く。
息子が帰っていなかったので本人にどうしたいか考えを確かめてから返事をすると答えた。
「警察なんていい。靴が帰ってくればそれでいいんだ」
親子揃ってお詫びを言いたいから来てくれというのにも行きたくないという。
「そうはいうけど、あちらもそうやってケジメをつけないと前に進めないんじゃないかなあ」
学校側は私にも同席するよう勧めたが、さっさとこの件を終わらせたい私たちは「なんか物々しいよね」と意見が一致して遠慮した。
その彼が課長に訴えるというのは相当のことなのだろう。
「おれ、こんなことで一人暮らし始めたらどうすんだよ」
母親に思わず会社での出来事を漏らした自分を恥じているようだ。
「その時はすらっとぼけてご飯食べに帰ってくればいいんだよ、何か食わせろって」
「そうかよ。」
「そうだよ。その間隔がだんだん空いて回数も減ってくんだよ。」
その後どうなったのかは知らないが、思いがけないおまけの展開があった。
「今晩、ジムの体験に行ってくるから先寝てて」
鍛えることにしたそうだ。
「俺、会社と家だけだから。第3の居場所にしようと思って。メンタルも強くなりそうだし」
平和主義の息子らしい。
身体も心も強くするのじゃな。