「母さんはな、こういう時、抱え込む傾向にあるからな、それがいかんのだ、それで無理して具合悪くなる。誰か一人でいいから、話せ。抱え込むな」
息子に強くそう言われても、母のところに行く気になれなかった。
言って欲しい言葉を言ってくれない。きっとまた私が怒られる。
「あなたみたいに体の弱い奥さんもらったら、そうやって息抜きでもしたいでしょうよ」
「お母さんなんかね、もっと我慢したわよ、お父さんだって、お姑さんだって。あなたは甘ったれなのよ」
わかってる。そんなの自分がよくわかってる。
でもそんなお説教を今聞いたら気持ちの持って行き場がいよいよなくなる。
そうしたら自分が壊れる気がする。
昨日のこと。
日が暮れていく。
テレビもラジオも煩わしい。
寝転び、タブレットで海外ドラマを眺めていた。
ドラマの中で薬物依存になった女医が仲間の精神科医に心を打ち明けていた。
ずっと周囲は彼女の異変に気づき心配し助けようとしていたが、それを全て跳ね除け、私は大丈夫だと自分にも言い聞かせるように抵抗する。しかしとうとう疲れ果てた彼女が
「助けて」と精神科医に向かって泣きながら言うのだ。
・・・・・。
・・・・・。
・・・・・。
落ち着いてられず、消す。
それから風呂掃除をし、皿を洗う。意味なくりんごを剥く。
・・・だめだ!
行こう、話そう、慰めてもらおう、助けてもらおう。隣の実家につながるドアを開けた。
台所には母がいた。
ノックをして
「ごめんください」
「はい、なんでしょう」
「慰めて」
ジャージャー水が流れている前に立つ母に抱きついた。
「ぎゅうってして。いい子いい子して。今は叱らないで。味方でいて」
それから、一気に泣いた。父が亡くなった時も手術の時も、病気が治らないと言われた時も流産した時だって泣かなかったのに、何かがプツンと切れてしまった。
こんなことで泣くんだなあ。
声をあげて泣く私に驚いた母は
「どうしたの、お医者さんになんか言われたの」
と言う。
あ、そうだよな、この流れではそっちの心配するよな。
「違う。別件」
とだけ言ってまた泣く。
泣き始めたら止まらない。ああ、私はずっとこうしたかったんだなぁ。
しがみつきながらべそかきながら事情を話す。そこに姉が降りてきた。
「まあお座りなさい」
3人で丸くなって座る。
母は責めなかった。姉は本気で夫に腹を立ててくれた。
これまで話さないでいたこと、病気のこと、母に抱えてた葛藤のこと、夫との間での辛かったこと。もういいや、私はやっぱり甘ったれだと、全て話した。
「いつでも味方よ。あなたに干渉しすぎて苦しめたと思ってた」
母が言う。
「家出してこい」
姉が言う。
一番隠していた、母への葛藤のこと、病気で苦しいことまで話せた。
もうこれで誰にも、隠し事がなくなった。
夫だけに話していた私は、どこかで彼を拠り所にしていたのだ。
だから欺かれた気がして、足元を掬われた気がして悲しくなったのだろう。
もう大丈夫かも。
夫だけじゃない。息子も母も姉もみんなが援軍だ。
みんな、味方。みんながいてくれる。
バリアが解けた。
また一つ、楽になれた。
今回のことは亡くなった父の采配かもしれない。
もっと素直に甘ったれろ、お前は甘ったれなんだから。
そういう意図の気がする。