昨日は大騒ぎをしてお恥ずかしゅうございます。
でも、あんなふうにお腹の中に燻っていたものを全て吐き出したことは荒療治で、いつもより「しっかり落ち込み、しっかり悲しみ、這い上がる」の過程が早い気がしております。
これまではこんな不安がよぎったとき、詰め寄らず意識をそこから外していました。
が、頭の片隅で「なーんか、怪しい」と思いながら普通に会話をするのは、腹の探り合いのようで、私自身が苦しくなってくる。それが怒りとなり、優しい気持ちが消える。
今回、真っ向勝負をしてわかったのは、もやもやした感情の正体が怒りではなく、悲しみだったこと。
その悲しみの理由は、長いこと騙されていた自分の間抜けさ。信じ切っていただけに、まさか自分を騙すなんてそんなこと、あるわけないと、まあ、子供。子供じみた悲しみです。
父の癌再発で泣いたあの晩のように「えーん、えーん」と幼児が現実に混乱したショック反応だったのです。泣きそこしませんでしたが。さすがに。
文句を言われるから、こっそり内緒で行っちゃおう。
それだけのこと。夫にとってはそれくらいの軽い気持ちでやってたこと。
「トンさん、ごめんね」
ずるいなあ。
どんより落ち込んでいる妻の顔を定期的に覗き込んで、そう言う。
合間合間にテレビを見て笑ってるのを見ると、もっと真剣に私のメンタルを気にかけろっとこれまた幼稚な燻りが浮かぶ自分にも苦笑してしまいます。
これまでそんなの平気とカラ元気で吹き飛ばしていたあの人はもういない。
今、ここにいるのは甘ったれで子供じみた、私。
自分がこんなにヘタレだったとは。
今回の件でそれに向き合うことができ、夫にバリバリ全開でぶつけることもできちゃった。
あれ、またちょっと前進。
来年の結婚記念日の頃、きっと笑って言ってるんだ。
「ま、メモリアルってことで」。