朝、朝食前にブロッコリーを茹でた。
買ってきてすぐ加熱した方が鮮度良く保存できるらしいが、その時はすでに夕方で晩御飯の支度を済ませてから買い物に行ったから、もう何もしたくなかった。
茹でると言っても切って、チンするだけなのに、それすらも億劫だったのだ。
頑張ればできるけど・・・やーめた。
それが金曜日。
昨日の土曜日は土曜日で夫と久しぶりに散歩して疲れた。お鍋の準備だけしてジンジンした足を投げ出してぐうたら過ごした。
このところしんどく疲れやすい。気合を入れて頑張ろうという気にもならない。
それが今朝、朝ご飯の準備をしようと野菜室を開けたら目に飛び込んできたブロッコリーを「いっちょ片付けとくか」という気になった。
同時にサツマイモを蒸す。
今日は同居していた父方の祖母の命日だ。おさつの蒸したのが本当に好きだった。
家族の中でサツマイモを好んだのは私と祖母だけだったから、私たちは「おさつ仲間」と呼び合った。
学校から帰ると「トンちゃん、おさつが蒸けてますよ」と大きな皿の上にすっかり冷たくなっているお芋が山積みになっていた。
私も祖母も熱々のを頬張るよりも、この冷えた方をしみじみ食べる方を愛した。
丸ごと一本平らげず、小さく切り分けて蒸しあがっている芋をさらに手で割って、少しずつかじる。ちょっと食べては自分の部屋に戻り、また気分転換にやって来てはつまむ。
大皿の上のお芋は夜に冷蔵庫にしまわれるまでは、その日はずっとテーブルに置いてあるのだった。
そんな食べ方をした。
命日の朝、おばあちゃんにお供えしてあげよう。
いつものように小さく切って、蒸し器のザルに乗せ、20分。
台所に懐かしいふかし芋の匂い。ねっとり黄色いのが出来上がった。
アルミホイルに包んで持っていき手を合わせた。
「トンさん、女はね、いくら休んでも、調子が戻れば働きたくなるようにできているもんなんですよ。」
体を休めるのが下手ですぐ突っ走ろうとする私によくそう言っていたっけなあ。
明治の生まれだから「女は」と表現したが、人ってそういう風にできているのかもしれない。
どれ、やろうか。
そう思えるようになるまでは安心して休んで大丈夫ですよ。
仏壇の中からそう言われた気がした。