朝、母が庭から回ってきた。窓越しに手招きをする。
今、朝ドラ、いいとこなのに。
「おはよ、なあに?」
「おはよ、一応行っておくけど、今日、その、たまプラーザまでちょっと出かけてきます」
「ケイコチャン?」
「そう、断り切れなくて」
ケイコチャンとは母の友人である。結婚する前からの一番の仲良しで、毎日平均1時間は電話で喋っている。私が子供の頃からその長電話は生活の中にあったので、もはや親戚の叔母さんのような気がする。
ケイコチャンはデパートやバーゲンが大好き。一人暮らしなのもあってか、このコロナ禍も家にじっと籠ることはできない。
母にも一緒に行こうと何度も誘ってきていたがついに。
「旦那さんと孫ちゃんには言わないでよ」
夫はまあいいとして、我が家の風紀委員の息子がそれを知ったら逆鱗に触れる。これまた騒ぎになる。想像しただけで恐ろしい。
しかし。行くのかよぅ。まさに緊急事態宣言延長と発表されるその日に。
ウィルスも強力なのに変化して蔓延していると言うのに。
「大丈夫よ、あなたなんかより私の方がずっと丈夫なんだから」
一瞬の曇った私の表情を読み取って強気にでる。
「感染力がものすごいって言うからね、今度の。本当に注意してね。布のマスクじゃダメよ、2枚くらい重ねていきなさいね。デパートも電車の中とかも、いろんな意識の人が出入りするから、自分が気をつけてても知らないうちに接触してるかもしれないからね」
口を尖らせ「大丈夫よ、ワクチンも打ったし」と拗ねる。
「まあ2回してるから確かに重症化しないって言うけど、それでももし、発症しないで済んだとしても、うっかり感染していたら同居しているお姉さんが発症するってこともあるからね。そうしたらお姉さんの会社での立場が難しくなるでしょう。」
姉に迷惑が及ぶと聞くとパッと神妙な顔になった。
「早く帰ろうとして引き止められたら、心の中でケイコチャンとお姉さんを天秤にかけるんだよ、お姉さんを守るのはお母さんだからね」
「うん、わかった。孫ちゃんには言っちゃダメよ、おばあちゃんが出かけるって」
やはり後ろめたさはあるようだ。「わかった言わない」と約束し、窓を閉めた。
朝ドラは終わっていた。画面では大吉さん達がドラマの感想を言い合っている。
「ばあちゃん、どっかいくの」
洗面所から息子が出てきた。
「うん、お医者さん」
「医者に行くのに電車に乗るのかよ」
う。どこまで聞いてたんだろう。
「お医者さんからの、電車に乗って税理士さんのとこに行くみたいよ」
なんだ、金対策かと息子は引っ込んだ。
ばあちゃん、早く帰ってきておくれよ。