かろうじて負けないで、よかった

二日前の朝のこと。

息子が2階から肌掛け布団とタオルケットを持って降りてきた。

「おはよ。これ、洗おうと思って」

外は大雨。乾燥機がガンガン回っている。

「今日?今日は勘弁して」

「なんで」

「この雨だもん、そんな大物。明日晴れるから明日にしてよ」

「乾燥機で乾くでしょ」

「だってうるさいもん。ガス代もったいないし。明日外に干すのでいいじゃない」

すると明らかにムッとして

「じゃ、いいよ、俺、もう床にこれ置いちゃったから今晩何もかけないで寝る」

「なんで。いいじゃない、大丈夫だよ、それっくらい」

「やだ、床に置いたから汚れてるし」

なんとまあ。我儘だなあ。

プイッと膨れてまた2階に持って上がった。

朝食とりながらも不機嫌満載で、一言もはなさない。

乾燥機くらいケチらないで洗わせてやればよかったかな。

チラッと思う。

いやいやいや、これっくらいのことで機嫌を取るのはよそう。夏だし。何もかけないで寝るって言うならそれもよし。

そのまま息子が仕事に出かけても、なんとなく気になる。

買い物の帰り道も「今から洗っておいてやろうか」などと考え、いや、やめよう、いいんだ、これでなどと考える。

反抗期の頃のブスったれには猛然と立ち向かったが、一人の大人として付き合い始めると何故か気を遣う。

中学生の荒れていた頃、何が面白くなかったのか「俺の勝手だろ」「一人で勝手にやるから放っておいてくれ」と怒り出したことがあった。

「じゃあご飯も全部自分でやるんだね」

「それでいい」

上等じゃねえか。

すぐさま冷凍庫の中のチンすればすぐ食べられるたこ焼きだの、パスタだのを取り出しその晩の夕飯に使った。

シリアルもパンも隠した。

作りおいてあった惣菜も冷蔵庫の奥底に隠す。

やれるものならやってみろ。

ところが敵もさるもの、5日間、家では何も食べなかった。

学校の行き帰りに何か食べ、それでつないでいたようだ。

こっちも負けてなるものか。

連日私は階下からわざとケーキだのクッキーだの焼いて甘い匂いを家中に漂わせる。

6日目、とうとう学校が休みになった。

夫が「まだ食べないの?まだ食べさせないの?」と心配する。

「死にはしない」

母親はまだ戦闘モードである。

結局息子はその日の夕方、降りてきた。

「何か食べさせてください」

あの頃はまだ息子と戦っていた。

社会に出るまではと気負っていた。

 

「ただいまぁ」

夜、膨れて出て行った息子が明るい声で帰ってきた。

「今朝は布団の件、失礼申した」

「いえいえ、お気になさらず」

一日中、洗ってやればよかったかとヤキモキしていたことはそっと隠し、さも鷹揚に振る舞って見せた。