怖いのはそっち

台風は東京には直接被害はなかったが、大雨と強風で家族全員家に閉じこもって過ごした。

連休中、オリンピック開催中、そして台風。

熱気と湯気が家の中に立ち込める。

夫は連日夜更かし、朝寝坊、日中ウトウトしながらの試合観戦。

息子は安定の昼過ぎ起床、食事を済ませると次の食事までまた部屋に閉じこもる。

私はテレビに疲れ、行くところも一人になる場所もないのでひたすら台所で湯気を立てながら作り置きに励んだ。

11日の水曜日に第一回目のワクチン接種をすることになっている。

人によりけりらしいが副反応で怠くなったり熱が出たりする人がいるという。

そうなった時のために唐揚げやらキーマカレーやら拵えてはせっせと冷凍する。

まるで冬籠をする前のリスが、どんぐりを木の穴の中に備蓄しているようだ。

本当のところ、あまり心配していない。

不調には慣れている。

だるくて何にもする気になれないってのはもっと慣れている。

数日経てば回復するとわかっているのだから、いつもみたいにじっと堪えてやり過ごせばいい。

「あなた、接種してもいいかって先生に聞いたの?あなたは人より痩せてるから、反応も酷く出るわよきっと」

母がお決まりの呪いの言葉を呟く。普段なら憤慨する息子が、今回はそれを聞き怯える。

「確かに。母さん、心配だな、体重比からしてワクチンの量が多すぎることがあるかもしれんな」

「大丈夫だよ、全身麻酔の手術だって翌日にはケロッとしてたんだからこれくらい」

「わかんないわよ、第一、あなたなんか感染したらコロッと逝っちゃうわよ、イチコロよ」

母は。ワクチンを受けさせたいんか、させたくないんか。

不安なのは母の方なのだ。

「大丈夫、私は死なないって」

「わかりませんよ、そんなこと。あとあれね、そんな細い腕みっともないから、何か羽織っていきなさいね」

・・・・はよ帰れ。

「あなた、一人で行くつもり?あなたみたいな細い人が一人で言ったら向こうでも困るわよ、恐ろしくて。ご迷惑だから旦那さんについてってもらいなさい」

愛なのだ。これも一応。一応、心配してるつもりなのだ。

言葉のチョイスと発想がかなり偏っているが。

タクシーで帰ってくるからいいと断ったが、結局夫が休みをとり車で送迎してくれることになった。

「大丈夫、ちゃんと注射打ち終わった後の休憩も待ってるから」

夫は夫で妙に張り切っている。なんだか大ごとになってきた。

この流れでもし、翌日から起き上がれなくなったとき、間違いなく騒ぎになる予感がする。そっちの方が恐ろしい。

母が乗り込んでくる非常事態に備え、せっせせっせと料理する。