夫の好みに

息子が成長するまで気にかけていたことのうちのひとつに「食べるときは楽しく」があった。彼が好まない食材や料理は無理に攻略させようとはしなかった。

同じ栄養素を含む何かを食べてくれればいいんだし、何より残されるとこっちが凹む。

牛蒡はきんぴらと、精進揚げとすき焼き味にすれば食べる。

にんじんはグラッセは嫌い。精進揚げとフライ、肉に巻き甘辛くしたの、味噌汁ならいける。

椎茸はバター醤油のみ。

味付けも夫がうるさくないのをいいことに、息子が抵抗なく食べるであろうと思われるケチャップだったり、揚げてあったり、バターだったり、甘辛味だったりと、そうすれば平和な食卓になるのがわかっているので、コテコテ単純明快ドストライクのものにして並べていた。

 

ナスとピーマンをたくさん買いすぎてしまった。

南蛮漬けや甘味噌炒め、ミートソース、豚ひき肉とガバオライスとあれこれ使ってみたが、追いつかない。

困り果てて何かないかとYouTubeで「なす、ピーマン、簡単レシピ」と検索すると、料理研究家の男性がナスとピーマンを胡麻油で炒め、生のトマトと一緒にマリネしているのがあった。

料理工程からずっと作ってみせて、最後に食べてみせる。

「美味しい、トマトの酸味と醤油が混じっていいお味」

なんて言っているのを見てこれだ、と即、作った。

大さじ一杯からその通りに作った。

何しろ有名な料理家のものだからさぞかし喜ぶだろうと期待したにも反し、息子は一口食べるとこういった。

「これ・・・辛い」

唐辛子も何も入れてないのに、分量もその通りだし、私には辛くない。

お酢と醤油とちょっとの砂糖と胡麻油。そこにピーマンの苦味トマトの酸味。それらを吸い込んだ柔らかい茄子。どこが辛いと言うのだ。

がっくりきた大人気ない母親は

「じゃ、いいよ、食べなくて」

引っ込めた。

遅れて食べた夫が「僕これ好き〜」と食べているのを見ながら思ったのだ。

こんなのも好きなんだ。

ああ、そういやずっと、息子にだけ焦点をあてて料理してきたなあ。

なんでも喜んで食べてくれるもんだから、とにかく今は息子の成長期と夫を後回しにした。

鯖の味噌煮が好きと知ってても、鯵の干物。

炊き込みご飯が好きと知ってても、牛蒡や椎茸を避けて息子が残すから白いご飯。

子供が自立した成人したと喜びながら食卓事情はそのまんまだった。

これからはもっとこの人の好物に寄せたものを作ろう。

茶碗蒸し。トンカツ。煮魚。とうもろこし。枝豆。炊き込みご飯。

翌日の昼、例の茄子トマトピーマンマリネをパスタにして夫の昼食に出した。

ちょっとのバターを絡めるとバター醤油のいい香りがする。そこに海苔をのっける。

「あれ、親父だけパスタ?」

「うん。あなたのお好みでないであろうパスタ」

「ふーん、パスタなら食べるのに。俺は?なんか食べるものある?」

「冷蔵庫にブロッコリとトマトとゆで卵があるよ。あとカレーが残ってる。なんでも適当に」

「・・・・へーい」

お一様の暮らしをし始めたら、コンビニで買って食べたりチャーハンにしたり、納豆ご飯だったり、なんとかするんだろう。

少しずつ少しずつ、梯子を外せる方向にシフトチェンジしていこう。

最後は二人なんだしな。

待たせたな、旦那はん。