姉が職場の人間関係に相当参っているようで、母は心配でならない。
「このお盆休みに本社に出向いて直談判しようかなって思っているみたい」
「いいんじゃない、もうじっと辛抱して働くなんて時代じゃないよ」
「でも、ホテルに泊まって息抜きしてこようかなっとも言ってるから、それで落ち着くならそれがいいと思うのよね」
どっちでもいいと思う。
ホテルで時々自分を休めながら、そこで頑張るのもいい。
さっさと割り切って移動願いを出すのもいい。
でももう一つある。
「やめるって決めるならその前に、闘うって手もあるよ」
言われたい放題で耐えているのをやめて、不満や言い分をはっきり相手にぶつけてみる。
こっちが何かアクションを起こしたら何かしらの反応はある。それにまたぶつけてみる。
何回かそんなことをやっているうちに何か新しい展開が生まれることも、ある、かもしれない。
私と夫がそうだった。
夫に何を言っても伝わらず、のらりくらりと交わされ、やりたい放題やられた時期が長くあった。
いやだと言うのに、する。困ると言うのに、遊びに行く。体調が悪いと言うのに聞き流す。一人で海外にサッカー観戦のため会社を休んでまでも行く。育児も家事も自分の仕事と思っていない。
今ここに書き出すと「こんのヤロー」と胸ぐら掴んでやればよかったと思うが、当時はイジイジ泣いていた。
生死を彷徨う入退院を繰り返した後、ちょっとは何か響いたかと期待したが、何も変わらず、並行して息子の反抗期と母からの圧力と重なりノイローゼになっていたのかもしれない。
もうだめだ。この人とはやっていけない。
プチ家出をしようにも、誰にも気が付かれない間抜けさ。
飛び出しては、泣きながら歩き、疲れて帰る。その帰る時の惨めさと言ったらない。
離婚。離婚しかないのか。そこまで本気で考えた。
・・・待てよ。
どうせ全部だめにするなら、とことん、もうあとは何もできないってとこまでやってからにしよう。
そこから私の反逆は始まった。
いやと言うのにしらばっくれて強行したら、本気で怒る。口を聞かない。ベッドを離す。
謝ったら水に流すが、また同じことをすればまた激しく怒る。今度は怒鳴る。こっちくるなと、立て篭もる。
長い戦いだった。一年くらい続いただろうか。
息子は素知らぬふりをしていた。
どこでどう折り合いがついたのか。夫の単身赴任で距離を置いたのもよかったのかもしれない。
今でも相変わらず訳のわからないことをしでかす時もあるが、状況は変わった。
もう私は被害者じゃない。
そっちがそうならこっちはこうだ!
「テメェ。舐めたマネしてくれんじゃねーかよ」
笑いながら奴に脅しをかける強い妻だ。
だから夫は悪者じゃなくなった。
夫婦の細かな話はしなかった。
「最後に相手にぶつかってみるっていうのもアリかと」
「そんなの無理よ、あの人は本当に弱いのよ。今も可哀想だから、お母さん、ご飯の支度してあげてるんだから」
「そんな。優しく庇ってあげたくなる気持ちはよくわかるけど、いつかのために一人でも強くなる練習もしないと。ホテルに泊まるって言うなら冗談っぽく『そのためには稼がないと』って笑ってみるとか」
つい言ってしまった。いつか母が死んだとき、弱いままのお姉さんじゃ可哀想だ。
ついでしゃばった。
「あなたは何もわかってない。あの人は本当にお母さんの言葉に大きく影響受けるんだから。うっかりそんなこと言って追い詰めたりできないっ。あの人はあなたみたいに強くないのよ。あなたは私達3人の中で一番強いのよっ」
うっ。
「わかったわかった。そうだね。今は優しくされたい時かもしれないね」
「そうよ、何でもかんでもあなたと一緒にしないで」
ううっ。
返り討ち。や、やられたぁ・・・。
経緯はどうでもいい。姉が嬉しそうにライブに行く日が早くくればいい。