さすがにこれはひどいと近所の美容院に行った。
子供の時からずっとお世話になっている美容師さんがいるが、その人は日本橋にいる。
電車に乗って40分かけていくのだが、体力が落ちているのか、どうしてもそこまで行く気になれない。
近所でどこかないかとインターネットの口コミを頼りにあちこち探す。
「店員の態度が悪すぎた」
「とても親切に話を聞いてくれました」
「気に入りました」
同じ店に対してもそれぞれ言っていることが違う。
そんなに特別最先端の髪型にするのではない。ただ、伸びきってだらしなくなったものを切り揃えてくれればいいのだ。
人見知りをするので、できればあまりおしゃべりをしてこない人がいい。
そうかといって、こちらの要望より激しく短く切ったりするような人では困る。
作業中、ちょっと待ったと言えるほどの度胸はない。
あれこれ考えながら探しているだけで疲れてきた。
やっぱりいつもの彼女のところに行ける元気が出るまで待つか。
あの人のいいところは、長い付き合いだから緊張しない。それは変え難い。
しかし、体力回復を待っていたら秋になる気がする。それまでこの頭はなあ。もう限界だもんなあ。
結局、家から歩いて10分の、ドライカットをするという、もと表参道の有名美容院で働いていた人が独立してやっているところの店長にした。
美容師歴、22年。男性。カウンセリングを丁寧にしているとある。ドライカットならきっと、髪の癖を見ながら切ってくれるので、家に帰って洗って乾かしてみたらどうにもならないってことも少ない気がする。
ドキドキしながらネット上から予約をする。
予約完了した途端、急に不安になって「やっぱりやめよう」とすぐキャンセルをした。
しかし、「ご予約前日のため、キャンセルはできません」と表示される。
もう逃げられない。
歯医者ひとつの外出でも緊張するのに、初めての美容院なんて挙動不審になるほどなのだ。
結論から言うと、大成功だった。
とても親切で腕のいい人だった。髪も切りすぎず、かといってただ、真っ直ぐ切り揃えるのではなく緩やかなレイヤーを入れふんわりさせてくれた。
「次回、もし嫌でなければ少し明るい色にするともっと柔らかい印象になりますよ」
と言うので、調子に乗ってカラーリングの予約もしてしまった。
いいとこ見つけたなあ。
これからはこっちにしようかな。めんどくさがらずに近くで頻繁にカットした方がこざっぱりするしなあ。
家族にも評判が良かったので、すっかりその気になっていた。
いたのだが。
今朝、ポストに私あての葉書を見つけた。
「お元気ですか?体調が良くなったらまた顔を見せてくださいね」
ずっとお世話になっている方の美容師さんからだった。
私のことを熟知しているので、長いこと行かないのは体調のせいだと理解してくれている。
中学の頃から、成人式の着付けも、大学卒業の時の謝恩会も、おまけに結婚式の着付けとメイクもやってくれた。
夫のことも息子のこともよく知っているし、父の死の時も、私が退院後初めて行った時も彼女は泣きながら切ってくれた。
「いいのか、それで」
父に言われている気がした。
人として、そんなことしていいのかと、亡き父が問うている。
義理と人情を大事にする江戸っ子気質の人だった。その娘として、いいのか、それで。
なんで次回予約なんて、ホイホイしちゃったんだろう。
キャンセルするのも申し訳ない気がする。
次で終わりにしよう。
あの人とは、次でキッパリ、最後にしよう。
やっぱり私には彼女しかいない。
・・・いや、待てよ。使い分けるっていう手もあるかな・・。
いや、だめだ。やっぱり次を最後に・・。