「昨日から言ってるけど、私今日、お医者さんだから」
「あぁ。何時だっけ」
11時と答えるが夫はもう聞いていない。テレビの朝ドラが始まったのだ。
どうでもいいが、自宅で仕事をするようになってなにが変わったって、夫の朝ドラフリークだ。
初めは私に付き合いで仕方なくだったのが、今では台所が終わらず見られない私をよそに、さっさと納豆をかき混ぜながら画面を覗き込む。
「じゃ、頑張ってきますんで」
9時、コーヒーカップを手に階段を上がっていく夫と入れ違いに息子が降りてきた。
彼の始業時刻は10時。
昼ごはん用に冷凍餃子を焼きながら息子にも言う。
「今日、私、出かけるから。お昼、これと野菜炒め置いておくから、チンして食べて。あとはラーメンでも適当に」
ああ、病院か。何時だっけ。
11時と答えるがこちらもそれを聞いていない。代わりに被せるようにこう言った。
「あんまりあちこち寄り道しないでさっさと帰ってこいよ、今日暑いんだから」
はい。
ちぇ。こっそり自由が丘までバスで行こうかと思っていた企みが消える。
「あと、あんまりあちこち触らないように。好奇心旺盛でしょうが」
感染を恐れての忠告だ。
的をいた忠告。確かに私はあれこれ面白がって覗く。同じ道を選ぶ夫とは対照的に「この道はどこにつながってるのか」「こんなところにスーパーが」と目新しいものに吸い込まれる。
「ふふふ。あら?ここはなんのお部屋かしら」
「やめなさいっ」
「これはなんの検査をする機械かしら」
「やめろよッ・・・ホントやりかねないから怖い」
いくらなんでもやるわけないと笑う。
出来上がった餃子と野菜炒めの皿にラップをしていると、また、注意事項が追加された。
「あと熱中症に気をつけるように、ほんとに。」
わかってるって。
「バタッと倒れないよう気をつけろ。今日みたいに暑い日の昼は人通りが少ないから」
「ふふふ。道端で倒れていても誰にも気がついてもらえず・・・」
「笑い事じゃないぞ、そうだぞ、誰にも見つけてもらえず干からびるぞ」
ガリガリに痩せた好奇心旺盛の母の外出を本気で心配・・怯えている。
疲れるから寄り道をせず、感染するからキョロキョロあちこち触らず、熱中症になるから用心して日陰を歩く。
りょうかーい。
「あと、マスク、しろよ、いつもの布のじゃなくてちゃんとフィルターのついたやつな!」