ふっふっふ。
いないのじゃ。今日は二人揃って出社なのじゃ。
「帰り、何時ごろになるの?」
「ごめんね。どうしても8時、9時になりそう。寂しいだろうけど頑張ってな」
夫が申し訳なさそうに答えます。
「俺も7時過ぎるから、それに帰ってからまず風呂入るから食べるの遅くなる。母さん先に食べといて。寂しいだろうが」
息子も気の毒そうにそう言いました。それから
「シカゴタイムを満喫してくれ」
と付け加えました。うちの母さんは、シカゴさえ見ていれば機嫌がいいと思っているのです。
失礼な。
私だっていろいろと・・あれ?
ないや。特にやらなくちゃならないことも。真剣に悩むことも。
あるっちゃあ、あるのです。
私の病気は治ることが難しいもので、日々の生活、今の日常は穏やかに暮らせているけれど、データ的に見れば死亡率が健常者の1.5倍高いということ。
長生きできない・・・ってこと?
これを知ったのはもう二年ほど前です。当時はパニックになりなんとか切り抜ける方法は、別の見解はと調べたりもしたのですが、落ち込むだけなので、もうやめました。
どんなに健康に気をつけていても事故に巻き込まれたり、怪我をしたり、不意のアクシデントに見舞われることもある。
それに、これから先飛躍的に医学が進歩すると治らないものも治ったり、新たな治療法が見つかったり、明るい発見発展がザクザク出てくるかもしれない。
一寸先は闇なんじゃない。
一寸先の輝きは見えていないだけ。
そんなふうに思うようになってきました。
そうしたら、どんなコンディションでも、面白がったもの勝ちだと、やりたくない我慢や、自分を懲らしめるような劣等感も、自分から遠ざけることに罪悪感も減りました。
夫と息子がいない家の中で書くブログは、どうしてかつい、心の深いとこまで出してしまう。
ふっふっふ。
伸び伸びしているんだわ。きっと。
こうやって、思っていることを聞いてくれる場所があること、そしてそれを読んでくれる人たちがいること。
本当に恵まれているなあと、この環境にも感謝の気持ちが湧いてきます。
ありがとうございます。