「ここんとこ、オヤジからライン来ねえな」
息子が昨晩、ぽつりと言う。
うそ。ぽつり・・・というのは、ちょっと淋しげにつぶやく感じ。
奴のは単なる気づいたことを口にしたというだけ。
ついでにちょろっと、それについて私がどう思っているのか探りも兼ねている・・と思う。
この夫婦、本当のところ、仲がいいのか冷めているのか、どっちなんだ。
「あー、私たち夫婦、どっちもめんどくさがりだから、先週頑張ってもう、力尽きてんのよ」
出張したその翌日から、私は毎朝起床と共に夫にラインを送った。
「おはよう。昨日の移動で疲れたでしょ。お仕事頑張ってね」
初日はこれだった。
翌日
「おはよう。今日もお仕事頑張ってね」
三日目。「おはよー。頑張っとるかー?息子も頑張ってるよ。今日も頑張っていこう!」
四日目「おはよ。今日も頑張れ!」
五日目「こっちはなんだか肌寒いよ。今日も頑張ろう!」
気候の報告が入る頃からだんだん、毎回仕事頑張ってもなあ、などと思い、めんどくさくなってくる。
夫の方もそのようで、初めのうちは「ありがとう!頑張るよ。トンさんも無理しないようにな」と彼にしては長文だったが、次第にスタンプの羅列になってきた。
そして週末。今日はのんびり朝寝坊してるだろうからというのを言い訳に、いつも通り6時半に起きたが送信しなかった。
本当のところ、揺すっても地震でも目を覚さない彼がライン着信を知らせるピコン♪ごときで目覚めることなどないと、承知している。
あっちも連絡をよこさない。
日曜も同じに終わる。
週明けの昨日になると、もうすっかり「ま、いっか」が脳内にのさばり、互いに送らなかった。
ところでなぜ、息子がこのやりとりの有無を知っているかというと、これはファミリーラインでのやりとりだからである。
私たちはよほど、込み入った秘密事項でもない限り、どんなこともあえて、息子も加わっているライングループでオープンにしている。
遅く帰るだとか、飲み過ぎんなよ、だとか、今どこだ、など全て筒抜けになっている。
なんだか二人だけの会話みたいになると照れ臭くて。
息子はファミリーラインを覗いては時々ツッコミを入れるので、なんとなく3人揃った食卓のような空気感が生まれるのも、こっちを選ぶ理由になっている。
「オヤジ、そろそろ寂しくなってる頃じゃねえか」
「そうかもね。寂しがりやだから。コロナで飲みにも行けないし、毎晩一人でホテルの部屋で食べてるからね。」
「母さんはどうなの、その辺は」
「私?寂しいわけないじゃん!」
「それはそれで問題だろう、ちょっとは寂しがってやれ」
存在感がやたら強いから二週間程度の不在じゃ何ともないと笑うと、だよなー、父さんいないと静かで落ち着くもんなぁと息子もニヤニヤ頷く。
「ちょっと待て、私は落ち着くとまでは言っとらん」
ゲタゲタ二人で笑った。
今朝、携帯がピコンと鳴った。
「おはよう、今日も頑張るぜ」
あれ、やっぱり人恋しくなってるのかな。
「おはよう。今日も頑張ってね。私は昨日、芝刈りをしたよ。庭が綺麗になりました。偉いなあ。私。」
向こうは仕事をしにいっているというのに威張ってみせる。
「大変だったでしょう。お疲れさん。今日はよく休んでね」
激務と孤独のさなかの夫が労りの言葉をよこす。
あなたこそ、大変でしょう、頑張ってね。
・・・・。打ちかけてて指が止まる。
削除。
「すんごい大変だった!今日はもう疲れてるからゴロゴロダラダラするんだぁ。」
「あなたこそ・・」なんて、よくできた奥様みたいな言葉、嘘っぽい気がしてこっぱずかしい。
それがいい、それがいい、今日はゆっくり疲れをとりなさいねと返ってきた。
この人は本当、できた人だ。
なくてもなんともないけど、あるとやっぱりいい。
馬鹿馬鹿しいやりとり。
既読が二つついた。
おそらく息子が寝起きに読んでニヤリとしているのだ。