息子が出社していった。
入社式だ。
朝食を済ませた後、散々伸ばしっぱなしにしていた髭を剃る。
髪に何かつけて、形を整える。
昨日は眉を整えていた。
小遣いで新しくあつらえた上等な眼鏡に付け替える。
ワイシャツに袖を通す。
「ネクタイ、どうやって結ぶんだっけ、遠隔で教えて」
卒業式までは「やってくれ」と覚えようともしなかったのが自分でやるという。
幼稚園児が年少さんから年中さんになった日に、今日から自分で靴下を履く!と決意するのと似てる。
「太い方を長めに持って・・それで下からくるっと回して・・」
背広を着ない人がほとんどの会社なので、これも今日だけだ。明日からはどんな格好をしていくのだろう。
いろいろ洋服やらコートやらネットでスタイリストの動画を見て買い揃えていた。
背広を羽織り、黒い鞄を下げ、名刺入れを持ち、黒い靴を履く。
「じゃ、行ってくるんで」
夫がどどどどどどっと、階段を降りてきた。気配を窺っていたに違いない。
「頑張ってな」
「うるさい、じゃあな」
にやっと小さく右手をあげる。
「おめでとうございます。行ってらっしゃいませ」
深々頭を下げ笑った。
一瞬戸惑い、また照れ笑いをし、じゃ、ともう一度言って出ていった。
なんだか、慣れない。
見送るだけだから、まだピンとこない。
とにかく、なんとか送り出した。
神様から預かった命。