外から帰ってきた母が庭ごしにやってきた。窓を開けろとジェスチャーする。
めんどくさいな。開けようと鍵を外すと待ちきれず自分で窓に手をかけてきた。
「今、斜向かいの石井さんと会ってご挨拶したんだけど、大変よ、今度ゴミ置く場所、ふたつに分けるんだって。新しい方は、ウチとお向かいさんとお隣さんと石井さんだけにするんだって」
もともと我が家の裏勝手のドア脇にゴミ置き場がある。使用しているのは両隣、お向かい、石井さん、我が家、それと右隣の家の経営するアパートの住人、10人たち。
この住人達はコロコロよく入れ替わるのだが、どう入れ替わろうといつもゴミの出し方が乱雑で常日頃よく問題になっていた。
問題視していたのは実際のところ石井さんだけなのだが。
曜日を守っていない、下着などが剥き出しで見える、食べ物が残ったまま捨てられ猫やカラスが荒らす、粗大ゴミを置いていく・・・などなど確かに目に余る捨て方ではあった。
その度に見つけた誰かが、大抵は石井さんか私か母なのだが、箒とちりとりで掃除をし、曜日違いのゴミは自宅に一旦引き取り、正しい日にまた出すなどとやっていたのだが、石井さんの怒りはそれでは収まらず、アパート経営をしている家に何度も出向き、住人にちゃんと指導してくれるよう抗議を重ねていた。
経営しているご主人も負けていない。
それが本当にうちのアパートのものだとどうしてわかる。うちだけに責任を押し付けないでもらいたい。
とうとう石井さんはルール違反のゴミの主を尾行する。すると明らかにそのアパートに入っていくのを確認したと再度ご主人を訪ね、これからはゴミ置き場をもう一つ設けるから、アパートの皆さんとお宅はこれまでのところを、我々は新しいところをそれぞれ使いましょうと宣言したそうだ。
「もうあんな人たちとは一緒にゴミ捨てをしたくないですよ。私達だってそうそう毎回後始末なんかしていられませんしね」
外面のいい母は「それはそうですわ」と相槌を打ち帰ってきたという。
そうなんだぁと、のんびり返事をするとキッと私を睨む。
「バカね、だからあなたはバカなのよ、その新しい場所ってうちと左隣お宅との境なんですってよ。つまりうちは両脇がゴミ置き場になっちゃうのよっ」
まあ、それも仕方ないんじゃないの、大丈夫よ、石井さんにとっても自分ちの斜向かいで目と鼻の先なんだから、汚かったらあの綺麗好きの石井さん自身が我慢ならないよ、また一緒に綺麗にしてくれるよ。それに今度は汚す人もいないんだし。
なだめても「ああもういやんなっちゃう」を繰り返す。
何度もそれを聞いているうちに、なんだかだんだん私までこの世の終わりのような、とんでもない不幸な出来事がこれから襲ってくるかのような、そんな不安に包まれてくる。
「だって家の両脇よ!」
だとしても家に居たらそんなの見えないし、収集も毎日じゃないし。散らかす人はもういないから外観的にもさほど気にならなよ。
「大丈夫よ、近くなって便利でいいかもよ、掃除もしやすいし」
あなたはわかっちゃいないと、呆れて母は自分の家に帰っていった。
どっかの家の近くには設置しなくちゃならないんだから。
時限爆弾を置く場所ってわけでもないんだから。
これからずっと折に触れ「嫌だわ嫌だわ」と言うことが予想される。
ムムム。
それを聞かされる方がよっぽど「嫌だわ嫌だわ」。