ポイント

「俺さ、なんでこんな心配性なんだと思ったらさ」

息子が深刻そうでもなく、怒っている様子でもなく、むしろちょっとおかしそうに言った。

学校から進路決定情報を公開データに入力するよう連絡が来ているのになかなかやらない。個人情報が漏洩したり、誰かに悪用されたり、ひょっとしたら就職先の会社から「そういうことはしては困る」と言われて内定取り消しになったり、妄想にしてもよくそこまで思いつくなというようなことを警戒しているのだ。

昨夜、大丈夫と思うかと問われたので「なんでそんなこと心配するのか全くわからない」と答えたらムッとして二階に上がって行った。

それを受けての「なんでこんな心配性なのか」なのだ。

「小学生の時にさ、絞り染めをするからビー玉を持って来いっていうのがあったじゃん」

そんなことあったっけ。記憶にない。

「あったよ、それで俺が学校で友達と大きいビー玉を小さいのと取り替えっこしたんだよ。帰ってから母さんにそれ言ったらすんごいがっかりして『え〜っ、取り替えちゃったのぉっ。あの大きいのがあるから、あれ買ったのにぃ』って言ったんだ』

思い出した。そうだ。確か、絞りの模様にするためにいるんだったら大きいのや小さいのがあったほうが、いろんな模様が作れていいだろうと思って文房具店を梯子して手に入れたんだった。ちゃんとその意図を説明して渡さなかったものだから、お友達に頂戴と言われてさっさと交換して帰ってきたのだ。ああ、そうそう。そんなことあった、あった。

「俺さ、お母さんのええっっていうのを聞いて、ああ、僕はなんてことをしてしまったんだってすごく後悔したんだよね。お母さんを悲しませちゃった、言われてみれば、そうだ、確かにいろんな模様が作れたじゃないか、ああ、なんてことをしてしまったんだって」

それが原因だというのか。

「あ、別に母さんに責任があるとかそういう話じゃなくて。ふと思い当たったんだよね。あと図書館に行ったときさ、席を二つ取って、ここで待っててって言われたのに僕が本を探しに行っちゃったらその間に席がなくなっちゃって、そしたら母さんがそん時も『え〜っ、来ちゃったのぉ?席なくなっちゃった』って言ったんだよ、俺そん時も『うわああっ、僕なんてことしちゃったんだ』って」

当時を思い返しながら、うわああっのところで頭を抱えて笑って見せた。

それこそ「えぇっ!?」である。そんな、どっちも記憶から消えていた些細な私の発言が発端だというのか。

ハッとする。

ここは、もしかしたらとても大事なポイントなんじゃないだろうか。

私を責めているわけではないとというが、きっと、21になっても覚えているほど、心にザクッときたことなのだ。

無防備に何かをして、思いもよらない反応が相手から、それもお母さんから返ってくる。

小学生といえばまだまだ、お母さんが価値基準の絶対な頃だ。

息子はそうは言わなかったが、きっと当時の私はせっかくあちこち回って買ってきたのにだのなんだの、自分の言い分を我儘に彼にぶうたれたに違いない。とんでもないことでもなんでもないのに、とんでもないことをしたと思わせたのだ、きっと。

「それは悪いことをしたね。ごめんね。若気の至りとでも申しましょうか、今思えば、ホント、どうでもいいことなのにね。あららららって程度のことなのにね」

笑いながら、でも、謝った。なぜかすごく、ここはちゃんと向き合って、受け止めて謝るべきだ、きっと謝って欲しいと無意識にでも彼は思っているはずだという気がしたのだ。本能的に。

「いや、別に謝って欲しくて言ったわけじゃないから、それも、一因かな、程度のことだから」

ちょっと慌てた。

「いや、幼少期の母親の言葉って結構影響するんだよ。後々まで。それは悪かったよ、ごめん」

勇気を出してごめんと一度いうと、もう抵抗なく、ちゃんと謝罪できた。

いや、そうじゃない、それ程深刻なトラウマとかっていう事じゃないから。そういやそんな事あったなって思ったから、そういってみただけで。大丈夫だから。落ち込むな。気にするな。ああ、やってしまったとか思うな。あとで一人になって、ああ、ビー玉がっとか、思い出すな。

息子は私を庇う。

同時に急に機嫌が良くなり、優しく、溌剌と、穏やかに、と変化した。

スルッと一枚の何かを脱ぎ捨てて軽くなった爽快感とでもいうのだろうか。

そして、勇気を出して謝った私も不思議とすっきり晴れやかな、大事なことを見逃さずに済んだ安堵感のようなものを感じていた。

二人で昼食をとりながらいつになく話が弾んだ。

今見るべきアニメ作品のこと、今度入る会社の仕事について。

それを余計なことを言わずふんふん、と興味深く聞く。

 

何か大事なポイントを通過でき気がする。

彼が抱えていたモヤモヤを私にぶつけてくれたこと、幸運だったと思う。