けんちんとは

醤油と味醂で味付けをするけんちん汁を作ってみた。

けんちん汁といえば豚肉にゴボウに味噌でしょ。そう思い込んでいた。

豚汁の別の呼び名をけんちん汁というのだと。実際、実家では

「今夜は寒いからけんちんじるにしよう」

と言って出てきたものは、豚汁であり

「豚汁まだ残ってる?」

とその翌朝、けんちん汁を指してそう言っていた。

夫は食事に対する知識は疎い。

魚は赤ければ鮭、それ以外はアジ、その他は刺身と煮魚とかなり大雑把な認識である。

干物が出てくれば、それが鯖だろうが、カマスだろうが、えぼ鯛だろうが、全部、アジ。

鍋に入っている魚がタラだと言うのも、私が教えた。

自分の飲んでいる汁ものが、けんちん汁なのか、豚汁なのかなど全くお構いなしだ。

「このお汁、美味しい」

妻がそれをけんちん汁だといえば、それはけんちん汁。豚汁だと言えば豚汁。なのだ。

改めて調べてみたらけんちん汁というのはすまし汁なのだそうだ。

建長寺の精進料理が由来でというのは知っていたが、それが変化して味噌や豚肉を加えたのだと勝手に解釈していた。

レシピによると、醤油と酒だけの味付けもあるが、多くは味醂もそこに入っていた。

醤油と、味醂、酒。夫の一番好きなやつだ。かけそばのツユのような、あの、ちょっと甘味のある醤油の。

現に茨城の方でけんちん蕎麦と言って、その中に蕎麦を入れて食べるという。

精進料理なので肉も本来は入れない。出汁も鰹節も煮干しも使わず本来は干し椎茸。

オコチャマ舌の我が男性陣はこの干し椎茸の風味が苦手なので、鰹節と煮干しの出汁で、肉もレシピによっては鶏肉を入れているのがあったのでそうした。

ゴボウ、にんじん、大根、油揚、舞茸、豆腐、鶏肉、里芋。

コトコト煮て、最後に味付け。お味噌をしれないとどうも落ち着かない。

何度も味見して、こんなもんかなぁと、火を止めた。

夜、久しぶりに出社した夫に黙って出した。

いつものように黙々とテレビを観ながら食べる。

食事も半分以上進んだ頃突然

「これ、美味しい、僕、これ好き、これ、おつゆ」

嬉しそうにこっちを見る。

「正統派けんちん汁」

「けんちん汁?あれ、豚汁だったの?」

「私も長らく間違えてたの。今までのお味噌の入っているのが、豚汁。これみたいにお清しみたいなのがけんちんなんだって」

精進の由来で肉も本来はなどは割愛した。

「あ、じゃあ透明なのがけんちんってこと?」

「ま、そうだね」

「僕、これ、好き。けんちん、好き」

気の毒に。こんなに気にいるならもっと早くに気がついていればよかった。

 

翌日の晩、ポトフを作った。

食卓につき、大きく切ったキャベツ、ジャガイモとにんじん、玉ねぎの中に豚の塊肉とソーセージの入ったコンソメスープの皿を見て

「あ、けんちんでしょ。これ」

と夫はにっこりした。

色が、違う。器も、違う。