姫の衣替え

母が衣替えを始めた。

ちょうど朝の番組で『洋服の整理整頓、なるべく捨てないで服を処分するには』というテーマをやっていた。

これを観た可能性が高い。

着なくなったものでも、物が良くて捨てづらいものなどは人に差し上げましょうと提唱していた、そのまんま、彼女の捨てがたい服は私のもとにやってきた。

「これ、着ない?ものはいいのよ」

わかってる。母から来るものはいつも上等な品の良い奥様風のものばかりなのだ。

つまり、家事には不向き。スーパーでは浮く・・気がする。もちろんガサツな娘には馴染まない。

これらを見に纏うと「それ、お母様からのでしょ。トンちゃんぽくないもん」と遠慮のない友人は眉間にシワを寄せ似合っていないと指摘する。

お買い物が好きな彼女は友達とセールに行ったりデパートに行ったりしてはとちょくちょく、服を買う。

本人曰く、自分はその気もないのに、買いなさいよ買いなさいよとしつこく言われ、付き合い上、仕方なく買うのだそうだ。

洒落た奥様風はここで増える。

姉と自由が丘や渋谷に行くと、今度はカジュアルな店に立ち寄る。今度はそこで「普段着」を買う。

本人曰く、お姉さんが買え買えっていうからと、付き合いでレジに持っていく。

いいんじゃないかと思っている。

娘時代は父親が早くに亡くなり、働きに出た祖母に代わり、遊びにもいかず女子高生だというのに弟達の面倒を見ながら家事をした。

そこから抜け出し結婚したと思えば、今度はおっかない姑に遠慮し切り詰め、子育ても終わり幾分余裕も出たと思えば夫が病気にな離、全てを看病に捧げてきた。70過ぎた今やっと、自由気ままな身になれた。

好きなものを買って、好きに遊んで欲しい。

が。

不要なのだ。マダムなんたらとかいうお高いブランドの服など、私には。

私の日常、歩いて5分のスーパー、歯医者、検診、本屋、時々近所の気心知れた友の家。

コロナになってからは唯一電車に乗って行ってた映画館も、美容院も神保町も自粛し、キラキラビーズのついたお洋服のふさわしいは皆無なのだ。

「そんなに構えないで普段にジャカジャカ着ればいいじゃない」

なんとか置いていこうと母は押し付ける。

じゃあ、これでトイレを掃除していいのかと問えば、それは・・常識って物があるでしょとむくれる。

母の持ってくる服ではトイレ掃除も風呂掃除も庭仕事もしづらい。

一度は家政婦のように、割烹着ですっぽり覆って家事をやってみたこともあるが、どうにも動きづらい。

それでもなんとか無駄にするよりと続けていると

「あら、やだ、それ、すっごく上等なのよ!」

咎め、いつもの仲間達に電話をしまくる。

「娘にあげたら、さっさとエプロンの下につけて台所に立っているのヨォ!ホントにあの人は・・」

ジャカジャカ着ろと言ったじゃねぇかっ。

 

昨日持ってきたものは薄いブルーのモヘアのカーディガンと、亡き父の冬のざっくりした赤いセータ、編み込み模様のセータ、だった。

ファザコン娘としては父の服は迷わずもらう。厚手で暖かく丈夫そうだし、それこそジャカジャカ掃除でもなんでも存分気兼ねなく気倒せそうだ。

「あら、これも便利よ、お医者さんに行くときあなたいつも変な格好してるけど、これくらい着ていかないと。失礼よ」

お道具だから持っておきなさいと、モヘアも置いていった。

「言っときますけど、これは本当に上等なんだから、トイレ掃除なんか、これ着てしないでくださいよ、これは、お医者様とか、あちらの御父様に会いに行くときとか、そういうキチンとしなくちゃいけないとき着てください」

取り扱い注意までしていった。

ヘーイ。