「トンさん、本当にありがとう。父さん、トンさんがいなかったら今頃本当にのたれ死んでる」
芝居っけたっぷりに夫が言う。いつからか仕事が忙しくなってくると必ず言うようになった。
初めてこのフレーズを聞いたときは「あら」と愛の告白をされたような、万能の女神になったかのような誇らしさとこそばゆさがあったが、最近はどうも響いてこない。
調子のいいこと言いやがって放ったらかしにしている妻の機嫌をとってるつもりなんじゃなかろうかと、勘ぐったりもするようになってきた。
「ありがとうとか、ごめんなあとか、ここ数年、それしか聞いてないっ!その割には誕生日も結婚記念日もずっとスルーしっぱなしじゃないかぁっ。そんなに大切で感謝してるんだったら何か持ってこいっ!言葉だけじゃなくてっ!」
なにが欲しいわけでもないし、それで何か持ってこられても虚しいだけだし、そんなのわかっているが、夫が仕事に忙しい自分に酔っているようにも見えて腹立たしくなりそう言った。
口にして、すっきりしたところをみると、自分が蔑ろにされていることが不服なんだと気がつく。
「確かに!わかったわかった。近いうち必ず何かしら企画するから!ふふふ。トンさん怒った」
こっちがやっとの思いでモヤモヤした感情を言語化して発したと言うのに、笑って面白がり二階にまた上がって行った。
きっとパソコンに向かい直した今頃は、もう今の会話もその内容も頭にはない。
私を喜ばす企画もプレゼントも些細なサービスもなにも起こるまい。
でも、伝えた。
モヤモヤが日の目を見た。
大きな進歩。大きな満足。