生姜焼き

最近、息子はかなり神経質になっている。

コロナと就活と。家族の動向と。

私と夫が外から家に入るときには必ず

「手洗いうがいしろ」

とわざわざ降りてくるのはもちろんのこと、自分自身もありとあらゆることを恐れなかなか外出しない。

そしてやたらと手を洗う。

洗い過ぎで手の油がなくなるんじゃないかというほど洗う。

緊急事態宣言が解除された翌日、母が美容院に行った。

「自覚がなさすぎる。なんで今いかなきゃなんないんだ、、よりによって渋谷なんて危なすぎるだろう」

夕飯の生姜焼きを箸で摘みながら、眉間にシワを寄せ小言をいうその姿は、亡き父を彷彿とさせる。、

ちょうどそこに、よしてくれりゃあいいのに久しぶりの外出で、晴々とした顔の母が、庭から回ってやってきた。

「ちょっとお土産〜」

窓の前で

紙袋を高く掲げて振りながら、息子を手招きで呼ぶ。

嫌な顔をしこっちを見る彼に代わり、私が席を立つと

「あなたじゃないのよっ、〇〇ちゃん!」

仕方なくムスッと立ち上がり、あからさまに

距離をおいて指の先っちょだけで袋の中身を摘み受け取った。

母もその態度に一瞬ムッとしたものの孫には甘い。

「おやつにね。食べてね」

姿を消した。

夕飯再開。

何も言うまい。

しばらくの沈黙を破ったのは息子の方だった。

「なんだよっ。なんで手洗いうがいしてからこねえんだよ、大体、出歩きすぎなんだよ、いっつも」

なにも言うまい。

「ピリピリしてんだよ、こっちはさぁ。人生かかってんだぜ、ピリピリくらいさせてくれよ!」

何も言うまい。

すると毒を撒いて解毒したのか次にはこうつぶやいた。

「・・・まあな、母さんも大変だよな、俺とあっちとの板挟みでな」

ニヤっとこっちを見ている。

ここは一言、申し上げねば。

「それに関しては一切、心配いりません。人生の一大事に前代未聞前例のない騒動。ピリピリして当然です。今ピリピリしないでどうする、とことん心置きなくピリピリしなさい。」

それで息子はなんと言ったっけ。

とにかくおとなしく、生姜焼きを平らげたことは確か。

そして翌朝、母に私がお叱りを受けたのも確かな事なのでありまする。