母親ってやつは

朝、残っているはずの、昨夜の夫の食器がない。

仕事が遅くまで終わらないので私と息子で先に済ませた。

自分達の食べ終わったものは洗ったが、夫の分は時刻も遅かったので、洗わず寝た。

それをまずは片付けないとと、流しに来たのだが、綺麗に残らず洗い上がっていた。

めずらしい。ちゃんと食べ終わってから洗ってくれたんだ。

夫にしてはなんという気遣い。

洗面所で鼻歌まじりに髭を剃っている彼が、そのことに触れず知らんふりしているのも、めずらしい。

ふだんなら、お風呂の掃除をしたら「今日は僕が洗ってあげた」としつこいほど連発するというのに。

へぇ。

嬉しいのに、私もなにも言わず、味噌汁を作る。

お礼のつもりで、いつもの納豆と卵焼きに、ジャガイモとベーコンのバタ炒とウィンナーをサービスした。

「うわあ。朝から御馳走じゃん。ありがとう」

いい人だなあ。ここでもお皿洗いをアピールしない。

そのまま普段通り二人の朝食がはじまり、普段通り食事が済んだ。

ジャガバタが大好きな夫はいつもより元気な声で

「じゃ、がんばってきますんで」

と二階に出勤していった。

1時間遅れて息子が起きてきた。

夫に作った残りのジャガバタとウィンナーを温めてお皿に載せる。ついでに目玉焼きと残りの味噌汁。

お盆に載った皿を持っていきながら、息子が言った。

「お皿、洗ってあっただろう」

え?

「あれ、キミがやってくれたのっ?」

「そうだよ」

澄ました顔で納豆をかき混ぜ答えた。

「昨日の夜、風呂から出てきたら流しにあったからさ。夜中の2時に俺がやってあげたんだよ、2時に、夜中のな」

やや恩着せがましいがニヤっと言った。

とたん、母、豹変。

「やーん、ありがとー。幸せすぎるー。ありがとー」

夫に礼を言わなくてよかったなどと、心の裏で思う。

「お父さんかと思ってた。」

「だってさ、きのうシャワー浴びようと思ったらめちゃくちゃ熱いんでアツってなって、あれ、尋常じゃない熱さだっだぞ。その前入ったの母さんだったろ、この温度設定にするとは、さては相当具合が悪いんだなと思ってさ、洗ってやった」

確かに昨日、調子がよろしくなく、寒気もしたので、上がりしな、熱めのシャワーを首の後ろにあてたのだった。

そのまま次に入った息子が高温に驚いたということらしい。

「あれ、マジで熱かったもん、こりゃそうとうだなと」

カーテン閉めてと頼んだだけでも

「今?おれ?」

とめんどくさがるのに、くー。

「もー、うれしーよー、あたしゃ幸せ者だよぉ」

普段手伝いをしないだけに、沁みる。

「苦しゅうない苦しゅうない、今日は1日、ゆっくりするのだぞ、親父にふりまわされないようにな」

食後のヨーグルトまで食べ終わった息子はお盆を持って立ち上がり、流しに入れた。

うれしいなあ。うれしいなあ。

このエピソードを思い返すだけで一週間はウキウキできる。

「じゃ、俺、二階に居るから、ゆっくりするんだぞ」

はーい、ありがとね。

いい気分で食器を洗う。

ありがたいなあ。

私は幸せ者だなあ。

あれ。

で、この食器は私に洗っとけっつうことなのね。

ま、いっか。いいのいいの、それでいいの。

こんなちっぽけなことで、母は浮かれて元気になるのだ。