ちょっと調子がよかったものだから、草原になりそうな庭に降り立った。
ざっとやってしまおう。
軽く流すつもりが、伸びた草と凸凹の地面が刃にひっかり、なかなか前進できない。
重い芝刈り機を持ち上げたり、向きを変えてみたり。
もういいや、このへんで。
いや、ここが分かれ目。ここでいい加減にするとしないとでは出来上がりに大きな違いが。
いやいや、そもそもやらないよりはまし程度で始めたんじゃないか。身体に触るぞ。
脳内で小人たちが会議をしているのが聞こえてくる。
頑張るべしと言う小人が優勢で終了。
荒れ果てて汚らしかったのが、平和なご家庭っぽくなった。
疲労感より高揚感がまさっている時というのは恐ろしい。
すっかり主導権を握ってしまった「頑張れ軍団」は、せっかくなんだからさああああ、あそこもやっちゃえばと、突っつく。
寝室のベッドの向きが如何にもこうにも気に入らない。
夫の仕事の邪魔にならないようにピッチリ、半窓の下に寄せた。
隅っこは落ち着く質なので、寝心地はいいのだが、それに合わせ壁際に置いた、無印の折り畳みパイン材のデスクがいただけない。
夫は部屋が広くなった広くなったと喜ぶが、その横で地味に
「これは間違えた・・」
と密かに後悔していた。
やっちゃえば?やっちゃえば?
イケイケ小人軍団が私を焚きつける。
その背後で「ヤーメーテー。」と立て膝をつき、滝の涙を流しながらすがりつく、もう無理軍団。
イケイケ軍団圧勝。
どこから出てくる力なのか、ベッドを南向きのベランダに、机を半窓の前に、ベッドの横にはテレビ、そして部屋全体を必要に応じてくぎれるようにパーテーション、といった具合に変えた。
夫がちょっと下にコーヒーを作りに、そのついでに息子と何やら談笑をしている数分に一気にやった。
「あ、あれっトンさんっ、・・・トンさーん・・・また・・。やりたくなっちゃったのね。」
戻ってきた夫はすっかり様子の違う部屋にそれほど、文句も言わず、また仕事を始める。
マイペースはこういう時、いい。
繊細な人なら仕事場でドタバタ「お願いだから出ていってくれっ」と摘み出すであろう。
そのあとも、細かい配線やらなんらやの微調整を納得いくまでやっているうちにいよいよ頭が朦朧としてきた。
いかん。
「あれー?疲れちゃったぁ?ま、いいじゃん、それでもお気に入り度はグッと増したじゃん」
やりすぎちゃったかなと、ペロッと下をだすイケイケ軍団。
「だからいったのに。もう限界だって・・いつもいうこと聞いてくれない・・・」
項垂れる身体からの叫び軍団。
ベッドにバタッと倒れ込んだ。
ああ・・・・。
ああ・・・・・・。
やり切った。出し切った。
庭に部屋の配置に、よくやった、疲れ果てた。
今、この瞬間、なんの不安もない。
余計な妄想も。
自分に対する問いかけも劣等感も。
日常の些細なモヤモヤなど発生する余地もない。
ただ、脱力し、息をして風を感じる。
今この瞬間、幸せだなあって感じている。
一夜明けた。
目が覚め視界に入った部屋の配置に「そうだそうだ、向き変えたんだっけ」とニンマリ。
ベランダに出て庭を見下ろしてはまた、うっとり。
昨夜背中に貼った湿布を剥がしながら
「もっと強い湿布、買ってこねば」と決意する。
おまけについてきた肩凝りからくる強烈な頭痛、芝刈りのときに踏ん張った膝下のガクガク、バキバキの背中の張りは想定外の重症度であった。