夫が何日かぶりに出社した。
朝ドラ見ながらの朝ごはんは今日はなしか。つまらん。
よっれよれになった、ナイキのポロシャツを、本人はお洒落のつもりで着ていこうとするのを必死に止める。
「着古しのカジュアルが粋に見えるのは若者の引き締まった身体だからなんだよっ。」
かつてタイの出張に行った時に自分で買ってきたタイシルクの混じった、細い濃厚と薄い水色の縞模様に襟と袖口を濃紺で縁取ったポロシャツを勧める。
「でもコレはもっとおじさんになってからの奴だから」
「着てごらんて。もう、おじさん向けかなって思うようなのを着たほうが却って若々しくなるようになってんだから」
そうそう。全くそう。
私もユニクロで買ってきた去年の流行りのデザインのシャツだって、ワンシーズン、毎日毎日着倒したら、翌年はもう、寝巻きとしてしか使えなくなってしまうことに最近気がついた。
自分の中ではまだまだ現役と思って着ていたのだが、ある時スーパーの魚売り場の商品棚で、側面にある鏡に映っている己の姿を見て驚いた。
痩せ細ったみすぼらしい中年女が、張りのない生地に身を包んでこちらを見ている。
これは・・いかん・・。
「いいから、あれはまた今度でいいから」
「今着替えないんなら、Netflix退会するぞ」
大人しく着替えた。
予想通り、確かにおじさん度は増したが、先ほどよりずっと落ち着いて品のいいおじさんに見える。馬子にも衣装、おじさんにタイシルク。
シルクの光沢に包まれ光り輝く夫は、満更でもないようで
「そうお?いい?あ、そう・・じゃあ着てこっか?」
鏡に映る姿を眺めながら、胸に両腕をあて、上下に撫でさする。
新品のシャツでパリッとした夫を見送りながら玄関に立つ妻は、先日衣替えの際、勿体無がらずに一軍を普段着にするぞと決心したにもかかわらず、まさしく去年着古したものの捨てきれず取っておいた、安物のヨレヨレになった麻のシャツにヨレヨレの麻のパンツなのだった。