息をひそめて

息子もいよいよネットによるリモート授業がはじまった。

「 10時40分からここ使うから」

「 自分の部屋でやるんじゃないの?」

二階は電波が不安定だから、一階リビングでやると言う。

小さな我が家の間取りは、台所とつながっている庭に面したところにテーブル、テレビを置き、そこをリビングと呼ぶ。

Wi-Fiルーターに近いので、作業中にブツブツ止まったりすることはまずない。

たまに、ほんのたまーに、自室では途切れることがあるものだから、学校の皆の前でかっこ悪い思いをしたくない息子は最新の注意を払って授業に臨みたいのだ。

しかなく、朝はのんびりスタートのぐうたら母も、それに合わせ、洗濯、ごはんの片付け、昼ごはんの下準備にのそのそとりかかりはじめた。

そんなことは梅雨知らずの本人は、のっそり9時すぎに起き出して、のんきに本日一食目を口に運んでいる。

「 じゃ、はじまりますんで。今から立ち入り禁止で、よろしく」

追い出された私は二階にあがる。

こんなとき。ドトールが営業していたなら!

授業の終わるまで、寝室にいるしかない。

一方こっちでは、夫が出勤中である。

しずかに入り、ベッドにねっころがった。

ラジオをつけるわけにいかないので、読みかけの本を広げた。

「 ちょっと今から電話するから」

「 わかった。静かにしてるね」

「 静かにもそうだけど、もっと・・」

もっとなに?

「 もっと、なんていうか、気配を消して」

気配を消せといわれましても。これ以上どうすればいいんだ。

じっと動かず、物音させず、呼吸も浅く。細胞の先まで気を遣う。

夫が他所行きの声で話し始めた。

どうやら質問に答えているらしい。ときどき、専門用語なのかわけのわからない単語が混じえながら説明をしているのを聞いてると、ふうん、すごいじゃん、と、ちょっと見直す。

あっちもこっちも、出てくんなよっていいながら、終わるとそれぞれ

「 ごはん、なに?」

とやってきた。

ふん、なによ、勝手なんだからと思いつつも、自分の存在意義のアピールしどころだと、はいはい、今やりますからと、ふんぞりかえって台所におりていく。

自分の食べるものくらい、ささっと作れる男子に憧れながらも、彼らができないことが、私をいじけさせないのだと知っている。

それでいいのかなあと、思いながら、まあいっかと思いながら。