声が聞きたい

夫と義父と義兄がまた、喧嘩をしている。

この親子、三人とも意地っ張りなので、誰一人折れない。

正月、なんとかとりなし、みなで食事をし、みなさんご機嫌でよかったよかったと安堵したのも束の間、見事に再燃してしまったのだ。

1月中旬まではよかった。

携帯電話をはじめて買う義父に夫二人でつきそい、無事、ラクラクフォンの設定までしてあげると、いつになくはしゃいでくれていた。

しばらくは蜜月で毎日のように電話をかけあったりLINEの練習をしていた。

が、義父のご満悦は長く続くかなかった。

「今住んでるところね、引っ越す」。

なんでもインターネットの回線が遅いという。なんとかならないかと聞いたら、当面このままだと言われた。

ぷんぷん。けしからん。

これが夫の逆鱗に触れた。

「なんなんだよ、もう知らないよ、勝手にすればいい」

無理もないのだ。

義父の高齢者向けマンションの引越しはこれが初めてでは無い。過去5年の間に9回、これを入れると10回目だ。

住み始めて半年ほどすると、誰かと揉めたり、誰かに意地悪された、コンシェルジュの人が口うるさい、食事時に僕は水はいらないと言っているのに出し続けると、嫌になってしまう。

その度に

「今度のところはすごくいいところだ」

と新たな住みかを見つけ、さっさと出て行ってしまうのだ。

その度に保証人になり、施設に頭をさげ、また新たな方にも菓子折をもって挨拶にいく夫にしてみたら、もう勘弁してくれとうんざりなのだ。

「そんなどこもかしこもチヤホヤしてくれるところなんてないんだから。こっちはお客なんだって、偉そうにしてちゃダメなんだよ」

しかし、納得のいく終の住処を探して漂流する義父の想いもわからなくはない。

それでもこの9回におよぶ引越しで使ったお金があれば、もっといい使い道があったはずなのに。

自分の体が弱いのを言い訳に頻繁に顔をださなかったからじゃないだろうか。私一人でも、どんどん遊びに行っていたらこうはならなかったのではなかろうか。

嫁としてやるせない。

「いいから、ほうっておきなさい」

さすがに心配になって夫に隠れ、2月の末あたりから、連絡をとろうと何十回と試みている。

なにしろ、80過ぎた年齢に加え、糖尿病も抱えている。

食事も心配だし、外出禁止で鬱になっていないか、もしくはその反対で、世間の言うこと利かず、あちこち出歩いてはいないか、マスクはあるのか、知らないうちにどこかの病院に入院したりしてはいないか、不安要素はいくらでもある。

 

ところがあちらもお臍をまげているのか、いつかけても留守電になってつながらない。

管理人室に私の携帯の番号を教え、申し訳ないがそちらから部屋に電話をかけて、ここにかけてくれるよう伝えて欲しいとお願いしたが、かかってこない。

「あのぅ、たびたびすみません、先日の嫁なんですが。伝えていただけましたでしょうか。。」

「え?あーはいはい、言いましたよ」

「ということは、部屋には居たんですね」

「はいはい、いらっしゃいました」

「どうでしょう、声の感じからは、元気そうでしたか」

「え?ああ。そうですね。普通っていいますか、元気そうでしたよ」

よかった。とりあえずは生きているらしい。

葉書を書くにしてもなんと書いたらいいのだ。

 

というわけで、今家族に内緒で、我が家新聞を作っている。

主に夫をメインに我が家のずっこけな日常を意味もなく送りつけよう。

生きてはいるのだ。

どうか和んでほしい。