結婚してすぐのころ、時間を持てあまし、どう1日を過ごしたら良いのか模索していた時期がある。
新天地で知り合いも子供もいないので当たり前のことだが、夫を送り出すと、彼が帰宅するまで誰とも会話をしない。
買い物先のレジでお釣りをもらう際、「どうも」と呟いた自分の声に、あ、いってらっしゃいのあと、今日初めて喋った。。とハッとする、そんな日々だった。
実家にいた頃の、両親、姉、父方の祖母との五人暮らしの生活は、いつも必ず誰かしら家にいた。
特に当時95歳だった祖母と私は相性が良く、必ず家にいる組の仲間でもあった。
みんながそれぞれの仕事や用事で出払った昼や午後、二人で昼ごはんを食べ、3時になると「トンさん、おさつが蒸けましたよ」とお声がかかる。そしてまた二人でまったり蒸したてのサツマイモでお茶をしながら、どうでも良い世間話をする。
しばらくすると祖母は趣味の洋裁の続きをしに廊下の突き当たりの6畳に籠る。私は部屋に戻って本を読んだり、台所で何か作ったり。そして夕方になる頃、一人、また一人と返ってきてその度に賑やかになっていった。
結婚するまでは姉と同室だったこともあり、起きてから寝るまで、一人っきりで誰とも話さない時間が10時間以上あるなんてことは生まれてから一度もなかった。
必ず家には1日中、誰かがいて、会話があり体温があった。
新婚の奥さんらしく、花でも育てようかと、花屋で植木鉢をいっぺんに4個買ってきたことがある。
両手に2つづつの植木鉢をぶら下げた帰り道、心は踊る。
1日の充実のさせ方を模索中だから、本人は必死だ。
うっかりすると寂しさに乗っ取られそうで、とにかく気を紛らわすものを探していたのだろう。
花のある生活。毎朝、夫を送り出したあと、水をやる私。
ふふふ、ドラマみたい。
ベランダに並べ、すっかり素敵な奥さん気分で浮かれていると夫が帰ってきた。
「ね、見てよ、ベランダ、お花、買ったんだ」
おお、きれいだねえ。ちゃんと世話するのかぁ?
ぐらいの新婚夫らしい返答が返って来るものと思い込んでいると、一瞥した夫は苦笑いしながらこう言った。
「ちょっと、買い過ぎじゃない?」
一瞬でさーっと体温が下がる。
怒られた?咎められた?無駄遣いだと?
そうおっしゃる!???
未熟な妻はプイっと膨れ、
「わかった、もう買わない」
と捨て台詞を吐き襖をピシャッと閉め、2DKのキッチンに出ていった。
この人はわかってない、何にもわかってないっ。
腹を立て、憤慨しているはずなのに、どういうわけか勝手に涙がボロボロこぼれてくる。
何も泣くこたぁないだろう。
ここで泣くのはどう考えても子供染みてかっこ悪い。
理性的に振舞うんだっ。
しかしいったん、目からこぼれ出したら止まらない。
しまいにはワーワー両手で顔をぐしぐし拭い、ライオンの雄叫びのように泣きじゃくった。
「何もさっ、ひっ、べ、ベランダ中さっ、は、は、花だらけにさっ、し、し、し、しようって、お、お、お、思ってなんかっ・・ズズズズズズーッツ!!」
男二人兄弟で早くに両親が離婚し父親と、男三人、女っ気なく暮らしてきた夫はこの展開が理解できない。
目の前で鼻水を啜り上げながら泣きじゃくり始めた妻にしてやれることは。。
「ほら、鼻噛みなさい」
ティシュ箱から二枚、紙を取り出し手渡した。
ありがと、ズズズズズーっつチーンっ、もう一枚、頂戴、あんがと、ズズズズズーっ!
「そんなに花が好きだったっけ」
夫はいつでも理論でくる。こういう時はふつう、「ごめんな。そういえば一日中、いつも家で一人だもんな、ちょっと花くらい買いたくなるかあ、そうだよなあ」と、優しく歩み寄るものだろう。
「そうでもないけどさあ」
そして私もうまく当時自分の抱えていたモヤモヤを伝えきれず、結局これは妻のご乱心として葬られた。
訴えて問題定義するほどでもないモヤモヤ。
それを伝えて解決する能力はいまだにない。
なんか、面白くないなあ。
なーんか、なーんか、なーんか。
自分でもその「なーんか」の正体が掴めない。
しかし、最近、極めたと自負できる技を習得していることに気がついた。
「ま、いっか。」
大抵のことは、これでいける。
自分のイメージする自分、もしくは自分の暮らし、家庭像、への拘りを取っ払えば取っ払うほど、大抵のことは、どうでも良いことになる。
みんな機嫌よく生きてる。
雨風凌げる家があって、ベッドがあって、冷暖房あって、家族のなかに笑いがあって。お風呂があって。時々家族で笑って。
もう植木鉢の大量買いはしない。
時々、Kindleの衝動買いをするけれども。