ショートケーキ

昨夜母がやってきて

「お姉さんの異動がいいところに決まった」

と言う。

「今電話があったの。お姉さんもほっとしているみたいだったわ。明日いっしょにお墓参り行くって。よろしくね」

母自身が嬉しそうだった。

この数ヶ月、ずっと気にしていたのだ。異動があることは確かで、その行先がどこになるか。本人が望むところに無事いければよいと、ずっと祈っていた。

「じゃ、それじゃ」

よかったねと見送った。急に現れて戻って行ったので夫も息子もキョトンとしている。

事情を説明すると「あぁ・・そういう」二人はそれだけだった。

今朝、また母がやってきた。

「今日、何時に出ることになってるんでしょうか」

ん・・様子がおかしい。彼女が丁寧な言葉でかしこまった言い方をするときは、大抵機嫌がよろしくない。

連絡に行かなくてはと思っていたのが遅くなってお臍を曲げたのか。

ごめんごめん、早お昼を食べてから一時って言ってたよと詫びると、それにはあ、そうと言うだけで続きがあった。

「お姉さん、あんまり嬉しくないみたい。昨日はよかったねって言ったら、なんにも言わなかったのにさっき朝ごはんのときに、よかったよかったって言ったら機嫌悪くなって、手放しで喜んでいるわけじゃないって、あれかもしれない、本筋から逸れた人事だったのかもしれない」

見ると今度は涙目だ。しつこくはしゃいで怒られたことが悲しかったのか、姉が辛いのだと知って自分もつらいのか。

「とにかく、今日はあなた、お姉さんにおめでとうとか、一切言わないで。今日帰りに伊勢丹の前で二人おろしてもらえる?新しい職場に着ていく服でも見て帰ろうかと思うんだけど」

およし。それはおよし。

「お姉さんがいっしょに行ってって言ってくるまで、今は周りでワサワサしないほうがいいよ。気持ちが落ち着いて前を向くから。きっと。それからのほうがいい。今日はおよし」

「そうね、じゃあ、帰りにみんなでホテルでお茶でもしましょ。それくらいならいいでしょ。夜、どうする?お寿司でもとってみんなで食べる?」

そうとう動転している。お寿司はつい先日自分でダメだといったばかりじゃないか。とにかく普通に過ごすほうがいいのだ。こういうときは。

結局墓参りのあと、みんなでホテルでケーキセットを食べ、帰ってきたのだが、夫と母と姉との間にいた半日は、なんだかとても疲れた。

当たり障りのない会話ばかりが宙を舞っているような、そしてそれが一番ふさわしいような。

普段は我慢しているケーキも、もう食べちゃえっとパクついた。禁断の味は蜜の味で、染み渡るおいさだったけれどはしゃいではいけないような気がして厳かにひと口一口味わって口に運んだ。

あの年のお墓参りはさあ、そうそう、あのときねと、数年後きっと姉と笑うときがくる。

そのとき、あのホテルでケーキセットを母と3人で食べたい。