買い物から帰ってくるとお向かいさんが庭の手入れをしていた。
「お帰りなさい。お買い物?あら、マスクしてないの?」
怒られた。
「屋外は大丈夫でしょ。手洗いうがいしていれば」
「手洗いうがいは当たり前よ、でもあなたも私も持病があるんだから人の倍気をつけないと」
お向かいさんは私が倒れて入院していたところに一年前、入院している。
そして二人とも未だに通院している、言わばリハビリ患者の先輩後輩の関係でもある。
私の場合、家の前まで救急車が来たために御近所中が入院騒動を知っている。そのため退院して7年以上たった今でも、道で出会おうと皆さんに
「お元気になられてよかったですね」
と声をかけていただく。その中でこのお方はご自分のことと重なるからか、体調が悪くなる前に手を抜いて休むことや、家事ばかりせず、お惣菜を買いに自由ヶ丘に行くくらいの気晴らしをしないと心が弱るなどと、病人が日常生活を送る上での心得のようなものを教えてくれる。
夏、日傘を刺さずに出歩けば、取りに帰れと怒る。
化粧をしていないと、病人は見た目が大事、せめて口紅だけでもしろと言う。
きちんとファンデーションをし、髪を整え洋服も考え外出すると「あら、今日はいいわよ。そうよ、いつもそれくらいしてるといいのよ、いいわよ、素敵よ」と褒めてくれる。
正直、体調のよろしくない時に会うと、鬱陶しいなあと思うこともあるのだが、全てが私への善の気持ちであることはよくわかるので、基本、言うことを聞いている。
ありがたい方が大きいのだ。
「マスク、ないの?あるでしょ?ダメよ、年寄りと病人は気をつけないとダメなのよ」
おっしゃる通り。
「さっきあなたのお母さんも、マスクしてなかったから注意したら、ポケットに持ってるからスーパーに入る時しますって言われちゃった」
え?
年齢は母より下だが、親身になるとそんなことは気にしない。いけないものはいけない、ちゃんと教えてあげないとと、言ってくださったのだろう。
さて、母はどうしたのだろう。
帰宅して、母のところに顔を出した。
「ね、さっきお向かいさんに、マスク、怒られた?」
「怒られた!持ってますって言った。あなた、何か聞かれた?」
「持ってたの?」
「持ってない。だけどあの人うるさいから。お姉さんと衛生委員みたいって言ってるの」
やっぱり。
「あなた、なんか聞かれてなんか言った?余計なこと行ってないでしょうね」
「いや、そんなことだろうと思って、あぁあの人はいつもそうやって持ち歩いてるんですよって答えておいた」
そうそう。そうしといて。ぺろっと舌を出し笑う。
母め。
賢い。