母ちゃんとして

朝、ご飯にたっぷりの鶏そぼろをかけて息子が

「あぁうまい」

と言う。

連日食べても飽きないようで、そぼろがあると最初の一口目に必ずそう呟く。

「そんなに好きなら幼稚園のお弁当にもっと作ってあげたらよかったね」

私は彼が幼児のころ、一番具合が悪かった。

立つのもやっとで、朝ごはんを作って夫と息子の食べている間、横になっていた。

お弁当を作るのも日々のノルマでしかなく、楽しむ余裕もなかった。

味気ない卵焼きとブロッコリーミニトマト、あとは前夜の残り。

可愛らしく園児の好むおかずを作ってやる、そんな優しい気持ちもなかった。

いつもギリギリのところで台所に立ち、寝る。

そんな母親を4、5歳の男の子はどんな思いで見つめていただろう。

たっぷり愛してやれなかった。

その罪悪感は今でも心の隅っこにあるものだから、つい、口に出た。

「こんなに簡単なもの、そんなに好きならもっともっとお弁当に入れてあげればよかったよ、ごめんよ」

「まあさ、それが母さんなんだから。あれはあれでおいしかったよ」

息子は慰める。

そんなわけない。あんな、やっつけ仕事のお弁当、残して帰ってくるときもよくあった。

蓋を開けて好きなものがたくさん入っていて、うわあってうれしくなっちゃうような弾むようなもの、何度持たせてやっただろう。

「いいんだ、あれがあっての今なんだ、今美味しいからそれでいいんだ」

もう一度息子が言った。

 

もう二度と言うまい。

こんな風に感傷的に彼の前で反省めいたことを言うのは。

お母さんにそんな風に言われたら、慰めるしかないじゃないか。

もっとふてぶてしく。どんっと。そうしていよう。

 

悪態つける相手でいたい。私は。

母ちゃんとして。

 

詫びたいのなら

そぼろを切らさないことだ。

たくさん作って冷凍庫にも入れておくんだ。