地下に潜る

なんか場違いのカフェにはいってしまった。

朝からずっと家の中にいたので本を持って散歩に出た。

散歩になぜ本がいる。

そりゃあ最終ゴールはドトールでまったりしようと企んでのことである。

先日漫画を買う口実にドトールでケーキを食べたと思えばなどと言いながら、結局やるのである。

そう天の神様がツッコミを入れているのか知らないが、ひとっつも席が空いていない。

たいてい場所さえ選ばなければどっかしら空いているのだが、今日は勉強道具や仕事を持ち込んだ人達がびっしり。

その合間合間を新聞を広げるおじいさん、常連の近辺の主婦達が埋めている。

店内ぐるりと歩き回ったがどこにも私の入る余地はない。

今日はダメだ。店を出た。

何を思ったかすぐ脇にある螺旋階段を降り地下にある[Tokyo people‘s cafe]まで来てみた。

ここは何度も前を通っているがいかにもthe、カフェという店構えで外に掲げてある黒板のメニューも、なんたらかんたらのオーガニックサラダとか、なんたら風なんとかのピカタとか、ちょっとかっこいい。

ボサボサ頭ですっぴんの主婦が買い物帰りに気を抜くところではありませんなと、足を踏み入れたことはなかった。

しかし。どういうわけか、不意にこんな言葉が頭に浮かぶ。

この店は客を選ぶようなところじゃない。

堂々と入れ。

おどおどせずに当たり前のようにそこに入れば、周囲も違和感なく馴染むから大丈夫。

いやいや、ゆうてもカフェだ。やめとこう。

いつもならなら続けてついてくるブレーキが今日は作動せず、図々しく扉を開けた。

やばい。

ここは。。。意識高い人の集う場所だ。

客層、年齢層、インテリア、BGM、店員さんすべてがえらい違いだ。

夜はお酒も扱うようでカウンターの上棚にはアルコール瓶がずらりと並ぶ。

そして店内ニットキャップ率が高い。

パソコンを広げている人がいるのはドトールと同じだがなにが違うんだろう。服装?やっぱりニットキャップ?色合い?

とにかく私のように上であぶれたからやってきた人はいない。みんな、ここを選んでやってきているのはあきらかだ。

外国語が飛び交う。

四隅の天井にはBoseのスピーカーが設置されている。流れている曲は聴いたこともないユルイ女性ボーカルの、これはなんだ、レゲエか、スムースジャズか。

まあいい。新たな世界を広げよう。

開き直ってスタスタカウンターに向かうと行き着く前に

「ご注文に伺いますから座ってお待ちください」

と若いやはりニットキャップのお姉さんに止められた。

数人の若者が私をちらりと見る。

こいつ、新参者だな。そしてなにごともなかったかのようにそれぞれまた目を伏せた。

 

ちがう。ドトールとちがーう!

ここはカフェだ。意識高い系の。いわゆるおしゃれスポットなのか?そういえばときどき雑誌に載ってたっけ。

動揺を隠しにっこり笑い「あら、そうなの?」とテーブルについた。

私のよく行くDカフェとは違うわねえという風に。

持ってきてくれたメニューから無難にコーヒーをたのむ。

さっき私を制したお姉さん店員がブラウンシュガーと生クリームの乗ったカップソーサを運んできた。

くるくるとよく動く。

あっちのテーブルこっちのテーブルに行ってはニコニコ軽く会話を交わす。

カフェだわぁ。

「こちらブレンドです」

その笑顔は私にも分け隔てなく向けられた。嬉しくなってつい

「あの、こちらは朝は、何時からなのかしら」

と声をかけた。

彼女はパッと目を見開いて

「10時からです。今日と来週末だけ6時閉店ですが普段は11時までやっています。よろしかったらいつでもどうぞ」

と教えてくれた。

いつでもどうぞだって!

受け入れられた!

「ありがとう」

またしても落ち着いた大人の女性を装い、心の中ではウヒャヒャヒャヒャと飛び上がる。

11時までだって。夏の夜、フラリと来ちゃったりして。お酒とか飲んじゃったりして。

隣のテーブルではテレビ番組の打ち合わせらしきものが始まった。

へえ。いつも行くドトールの数メートル下ではこんな世界が繰り広げられているのね。

先ほどまでのドギマギはすっかり消え、早々と勝手にここに市民権を取得した私は、持ってきた図多袋からジェーン・スーの単行本を取り出し、どっかりと椅子に掛け直すのであった。

 

ここ、使える。