気がつくと3月になっている。早い。
7日は私の誕生日である。
「あなたの誕生日、どうするつもり?」
母が先週、聞いてきた。いや、もう、ほんとお構いなく。
「特に何にも考えてませんよ。いいのよ、私のは。特に何もしなくて」
「そういうわけにいかないでしょ。あなたのところでお寿司でもとって呼んでよ」
あ・・そういうことでしたか。
「じゃあそうするからきて。」
デザートのイチゴだけ持っていってあげるというのでお願いし、その場は収まった。
それが昨夜だったのだが、よりによって朝から完全にダウン。食欲は無く、頭痛に目眩で長時間立っていられない。
まいったなあとベッドにゴロゴロしながら「夕飯の支度がないから却って今日でよかったか」と安心して横になっていた。
そうだ。先に注文だけしておこう。
2時過ぎ。いつもの店に夕方6時半、五人前持ってきて欲しいと電話する。
そのまま母のところに行き
「6時半にお寿司が届くので、いらしてください」
そう連絡すると浮かない顔で「お寿司ねえ」とこっちを見る。
「このご時世、お寿司なんて生物大丈夫なのかしら」
おいっ、あなただろが、お寿司と言ったのは。
「大丈夫よ、いくらなんでも。それ、息子の前で言わないでね。あの人そこまでの発想まだしてないから。聞いたらそれもそうだって大騒ぎするわ」
あの人心配性だからね。一瞬笑うがまだなにか引っかかるようだ。
「おねえさんにも、今朝お寿司大丈夫かしらって言ったら、まあ絶対とは言えないけどねって言われちゃった」
思いっきりひっかかっとるやんかっ。
姉は今日は仕事で参加できないが人数分注文して母に持って帰ってもらうことになっている。彼女自身、寿司は好物なのだ。
「でもナマモノでしょう」
あーわかったわかった。寿司中止中止。私のモットー、つまらぬことで揉めない、こだわない。流れに抵抗しない。
「じゃ、やめてピザにする?いますぐならキャンセルできるから」
「そうねえ。孫ちゃんたちもピザの方が喜ぶでしょ。そうしたら?」
そうします。そうしますとも。
急いで戻り寿司屋に詫びを入れ、今度はピザ屋に電話する。
ピザとなったら姉の夕飯はどうしよう。「お姉さんはピザいらないわ」と言うし、冷めたピザってわけにもいかない。
むむむ。
夫も、ピザだけで文句はいわない。むしろ大喜びでビールガビガビ、胃袋満杯になるまでかぶり付くに決まってる。
メタボの腹にいいわけない。とても心穏やかにそれをだまって見ておられん。
あぁ・・しょうがねえっ。
ポカリスウェットを飲みシャッキリさせて、冷凍庫を開ける。鶏肉発見。
床下開ける。帆立缶発見。
トマト、レタス。よし。
夕方5時。だるいだるいと横になっていた私はなぜか台所で唐揚げを揚げていた。
心の中で「す〜し〜!カムバックす〜し〜!」と叫びながら。
大根と帆立とマヨネーズでサラダを作りレタスの上に乗っける。周りをトマトで囲み冷蔵庫に入れた。
母のところに姉の分の唐揚げとサラダを持っていった。
「あらあら、すみませんねぇ」
いえいえ・・・目の前をチカチカ星が飛ぶ。
6時半。予定通り4人が食卓についた。それまで二階で寝ていた息子はまだ半分寝ぼけている。夫は夫で「あとちょっと待って」と今しがたまで映画を観ていた。
「かんぱ〜い、お誕生日おめでとうございます」
「ありがとうございます」
自分の誕生日を自分で彩る立場になったか。
21歳の息子。マイペースでデリカシーに欠けるが優しい夫。うるさいけれど元気な母。さりげなく援軍になってくれる姉。
51歳。欲しいものはなにもない。
しんどいなあ。つかれたなあ。と思いながら母に不調を気付かれずなんとかできた自分が誇らしい。
「ね、ナマモノじゃなくてよかったでしょう」
ご機嫌の母とガッツク男達の手がそれぞれ伸びる。テーブルは一気に華やいだ。
寿司であっても別段問題はなかったと今でも思うが、苦笑しながら急遽唐揚げと大根サラダを作ったこの夜はなぜか満足度が高かった。