骨の髄まで姫体質のお方には敵わんのう

姫のように身体の主張はしっかり主張し、ばあやの様にその我が儘を聞いてやり慈しむんだと宣言してから・・何日めだろうか。

三日?いや、まだ二日しか経ってない。

私の心意気とは裏腹に、その上をゆく骨の髄まで姫体質の母に翻弄されている。

「あなた、お姉さんにくれた、あの機械、使っていいわよ」

昨日、生協の品を届けに行くと、顎で台所を差し、そう言われた。

あの機械とは、私がクリスマスプレゼントにと姉に買った低温調理器具のことだ。

そうです。カシミヤのストールを用意していたら母が買ったプレゼントもカシミアマフラーだったため、急遽キャンセルし、新たに探したもの、それです。

姉はたまに気が向くと休みの日に台所でネットでみたあれこれを作る。

揚げ物は怖いからしない、珍しい調味料を使う、お高い食材を買ってちょこっと使う、一品しか作らないなどと、母は影ではブウブウ言うが、味はいつも確実に美味しい。

料理のセンスがある人なのだ。

その姉が近頃低温調理にハマっていることに気がついた。

台所のカウンターに熱に強いポリ袋が置いてあった。

その袋は私も使っているが、食材をいれ、じっくり低温で加熱調理するためのものとして料理サイトで話題になっていたものだ。

煮豚なら醤油、酒、蜂蜜などと肉をポリ袋に入れ口を縛り、お湯を張った炊飯器や鍋に入れて数時間放置しておくと、それはそれは柔らかく、かつ、しっかり味の染み込んだものが出来上がる。

私はいつもこの方法で炊飯器を使い豚の角煮や鶏肉のママレード煮を作る。

手間をかけず時間をかけて評判のいいものが出来上がるので便利なのだ。

さて、そのポリ袋の箱が姉の台所にあったということは彼女も興味を持っているということだ。

マフラーから急に他のものを探していた私は、これだっ!飛びついた。

ポリ袋調理は便利だけど、厄介なことがただ1つ。

それは温度設定。

何度で何分とレシピにあってもその温度をキープすること、その温度にすること、これが意外と難しい。

炊飯器の保温機能は80度とわかっているが、それ以外の温度の設定はできない。

そこで低温調理器具だ。

これを使えば温度も時間も設定すれば全部やってくれる。

設定温度によっては煮豚だけでなく、魚料理もと料理の幅も広がって楽しい。

パソコンにしてもスピーカにしてもマシン好きの彼女にはもってこいだ。

マフラーよりも価格はオーバーしたが、お揃いで自分のマフラーも注文していたのを辞めた分、浮いた予算を回せばいいと、買うことにした。

案の定、喜んだ。

「おお〜。これか。私も目をつけていたんだよね」

選んだものが相手を喜ばせたときほど嬉しいものはない。

我ながらいいプレゼントを見つけたと満足したのだった。

「お姉さんね、今会社が忙しくて疲れてて、とてもじゃないけどあれ使って料理なんてできないわよ、あなた、持ってって使っていいから」

使っていいと言われても。

プレゼントして、本人が何度か使ったそのあと、ちょっと借りるならいいが、全くの未使用を自分が最初にとは抵抗がある。

「別にいいじゃない。仕事が落ち着いてからゆっくり使えば」

「だって春まで忙しくてダメよ、かわいそうでとてもじゃないけど今のあの人に料理しろとは言えないわ」

母は、しまってあった器具を持ってきて持ってけ持ってけと差し出す。

「そんな難しいものじゃないよ、鶏ハムなんかすぐできるよ。疲れているなら尚更、胸肉はいいのよ、精神的にも肉体的にも疲労回復に」

「じゃあそれこそあなたが使いなさいよ」

言い出したら聞かない。

マフラーの時と同じである。

こういう時は。そう。揉めない逆らわない争わない。

「私は何を買ってくればいいの?鶏肉?」

「いいよ、こっちで買うから、まとめて作って、持ってきてあげるよ」

結局、私が鶏ハムを作り母に届けることになったのだった。

そのマシンが今、稼働し終えた。

我が家の台所で鶏ハムが完成した。切り分けてみると予想以上にしっとり柔らかい。

嬉しくなってくる。

これは気にいるに違いない。

「午後からお姉さんと日本橋円山応挙の絵を見に行ってくるから。ちょっと留守にするわ」

先ほど顔を出した母は制作中の鍋を見て

「悪いわね、もらった機械持ってけ、そのうえ料理にして持ってこいなんてね」

ふふふと笑って出て行った。

二人は夕方まで帰ってこない。

ああこの鶏ハム、今すぐ見て欲しい、この素晴らしい出来を!

姫になったはずの私は、じれったく二人の帰りを待ちわびている。