なんの問題もない

ラジオ体操の帰り、声をかけられた。

いつも顔を合わせるだけで会話もしたことのない年上の女性だった。

お疲れ様でしたと言いながらなんだろうと思う。

「あなた、山下さんの親戚なんでしょ」

「なんで知ってるんですかぁ」

笑いながら返事をしたが内心、ざわつく。

どういうルートで。

「彼女の近所に住んでるのよ。立ち話してたら、従姉妹さんと旅行に行くって、いいわねえこの年になってそういう人が居てって言ったら、あの通りのあの家に住んでるんだって。そしたらこの前あなたがあそこの家から出入りしているのが見えたから」

ああ。なるほど。

母の従姉妹はこの地に生まれた時から住んでいる。地元で商売をやっていたこともあり、顔が広く本人もかなりの社交家である。

そのおかげで母は彼女が役員をやっている体操教室に隣の区の住民にも関わらず参加し、彼女の同窓会の仲間が集まる吹き矢サークルにも加わり、先日はなんとその同窓会の仲間の旅行にも同行した。

全く違う学校で勉学した全く関係のない身でよその学校の同窓会旅行についていく方もいく方だが、それができたのも、母の従兄弟の圧倒的な権力によるものなのだ。

社交家な彼女はなんでもくったくなくオープンに話す。自分の病気のこと、離婚のこと、息子の仕事がうまくいっていないことも孫が日本代表のジュニアチームに選ばれたこと、自慢も愚痴もなんでも話す。そして面倒見がいいからあっちこっちに首を突っ込み世話を焼く。

その先々でまた、なんでも話す。だから街を歩けば誰もが知り合いであり、誰のこともよく知っている。そして誰もが彼女の今と、これまでのあれこれを知っている。

その会話の端に母のことが出てくるのは当然のことだった。

しかし、全く油断していた。朝の公園は自分一人の居場所、そこでできた顔見知りの人たちもそこだけのこと。

家に帰れば家族とご近所とのまた別の日常などと呑気に構えていた。それがきゅうっと締め付けられた気がした。

彼女と別れざわつく自分に問う。

何が怖いの。

何も。別に。

じゃあ、何に引っ掛かっているの。

・・・そういやそうだ。なんでだろう。

ただ、びっくりしただけだった。自分の意図していないところで自分の身元が知れたことに。全く想像してもいなかったことだったからちょっと慌てた。世界が狭くなったようで。

声をかけられなければ知らなかった。知っても知らなくても何も変わらない。

そうか。何も変わらないか。

ざわつくこと、なかったか。

20分間、動揺した日曜日の朝。

 

一億二千万

息子が一年後輩の社員二人を誘って飲みに行った。

「新入社員が入ってくる前にさ。考えたら一度も食事してないと思って」

彼なりの秩序なのか。

その席で女性後輩が不安と不満と絶望感と怒りと混じった感情を一気に話し続けた。

もう私、一人で夜、泣いていました。

内容は聞かなかったが、彼女は話し出したら止まらず自分でもびっくりしていたそうだ。

それを息子ともう一人の後輩が聞く。ひたすら、聞く。

コロナもあって、誰かと会社帰りに愚痴を言い合う機会もなかったのか。それともそんな余裕もないほど心も体も疲れ果ててひとりになりたかったのか。

なんとなくわかる気がする。私も気持ちの中に何かがこんがらがってきても外に発散するのが下手だ。体調の悪い時も人と関わるよりはじっと布団をかぶって横になる。それは人を避けているというより、自分の好むやり方で癒してくれないくらいなら一人でやり過ごす方がいいからだ。

理解されたい。同調してもらいたい。優しくしてほしい。責めないでほしい。いい距離感で見守ってほしい。

それと違う反応が返ってくると酷く落ち込む。自信をなくす。自分で自分を責めてさらに落とす。そのくせ誰かが引っ張り上げてくれるのをどこかで待っている。お前はそれでいいんだよと言ってくれる誰かを、本を探す。

彼女がそんな夜を過ごしたのかは知らない。

ワーっと泣いてスッキリして、しっかり食べて寝て、たくましく1日1日、頑張ってきたのかもしれない。

「だからさ、言ったんだよ。日本には一億二千万近くの人がいるって。その中のほんの一部の人たちとの出来事だって思えば希望もあるし納得も諦めもつくって。深刻になることじゃないって。少なくとも俺はそうやって割り切ったら楽になったからそう言った」

笑っている。

いい考え方だな。私も似たようなことを時々思う。自分のいる場所からずっと視点をあげてあげてあげていく。住んでいる家が小さくなり、街が小さくなり、日本列島が見え、地球が見えて宇宙に浮かぶ。そこから遠く遠く遠くの自分を眺めるとなんと小さく、愛おしい生き物がいることか。ちっぽけな生き物がその頭の中で何かを考え必死で生きている。

それで問題解決にはならないけれどちょっと気が楽になる。

そんなこともあるかと思えてくる。

「彼女なんて言ってた?」

「その発想はなかったって。いいこと聞いたって喜んでた」

それからもう一度「一億二千万、これは大事」と言った。

入社一年目。息子も転職するんだと高いお金を出して講習を受けに行ったりしていた。

二年目も気の合わない先輩と闘いよく荒れていた。

今もこれからも立ち向かってくる何かと闘い、交わし、成し遂げた達成感に満たされ、喜び、多くの感情の入り混じった中を生きていく。

夫もこの荒波の中を30年近く生き抜いてきた。

後輩の彼女も彼もみんな。たぶん世界中のみんな。

みんな生きている。

みんな愛おしい。

 

 

 

 

 

 

たったそれだけのことなんだけど

笑顔を褒められた。

毎朝公園ですれ違う4人組の先輩たち。

その中の一人と偶然バス停で会った。歯医者に行くので向かって歩いていると、ベンチに腰掛けこっちをじっと見つめる女性がいる。どこかで・・・あ、あの人だ。

四人の中の一人だった。私に気が付き見つめていたのだ。

挨拶を交わすと

「あなたの笑顔がすっごくいいわねって言ってるのよ、私たち」

と言われた。びっくりした。

「ぺこって頭を下げる時にニコってするでしょう。あの顔がすごくいい。気持ちがいいわ」

笑顔には自信がなかった。痩せてシワシワの顔だから笑うとお猿さんみたいになるから笑うなと母に言われてから気をつけるようになった。最近では、知ったこっちゃない、と開き直っているがそれでも、一人鏡の前でニヤっとしてみて、ああ、こんな顔を晒して笑っていたのかと落ち込む。

それを気分が良くなると好む人がいた。

「皺なんて。あなたのは笑顔のいいシワだからたくさん作りなさい」

嬉しかった。

今の現在進行形の自分を受け入れられたようで。

大袈裟かも知れないけれど、この地球にいてヨシっと認定されたようだった。

そっと神様にお礼を言った。