聴かない乙女

母が転んだ。家の中でステンと転んだそうだ。階段を下り切ってほっとしたところですってんと転び、お尻を打った。

「転んじゃったのよ!でも、骨も折れなかったみたい。あなただったらきっと折れてたわよ」

足を引き摺り歩いているので、医者にいかなくていいのかと言うと、笑ってそう言った。

「まあそうね。歩けてるならいいけど。確かに私だったら折れてたわ。骨が強くてよかった」

そのときは私もそう安心した。

数日様子をみていると、普通に歩いているように見えた。

それが、二週間ほど前のこと。

それからまた、転んだ。今度は新宿の街、映画館を探して上を見上げ、キョロキョロしていたら、バランスを崩してスッテーン。今度は子供が転ぶように正真正銘、真正面から両手もついて体全体で倒れた。

「きまり悪いからすぐ立ち上がって歩いてきたわよ」

新宿の街中で映画館というあたり、私よりはるかに活動的だ。

元気なのだ。心も体も。

しかし、今度は肋骨の辺りをずっとさする。

「痛いの?」

「ちょっとね」

「肋骨、ヒビ入ったんじゃないの。肋骨は簡単にヒビ入るよ。お医者さん言っといで」

「いったところで、肋骨なら、じっとしてるしかないもん」

「でも湿布とかテーピングとかしてくれるかもしれないじゃない。ちゃんとレントゲンとってもらったほうがいいよ」

そうこうしているうちに姉が高熱をだした。

足の様子も2度目の転倒以降、よけい痛そうだ。そっとそっと歩く。

「肋骨はまだしも、足は大事だよ。骨盤だったら一大事だよ。今は歩けても時間が経つとへんなふうに固まったりしたら歩きづらくなるよ。」

「今、お姉さんが熱出してるからいけない」

・・・そのお姉さんという人は、もう56だぞ。

「じゃあお姉さんが良くなったら行くんだよ」

「そのうちね」

ひょこひょこ歩きながら、話を流す。これを昔、子供がやろうものなら、ちょっとそこに座りなさいっと怒鳴っておっかなかったというのに。

そして今日。庭から母が顔を出す。おしゃれして、お化粧して、庭に立っている。

「どこ行くの」

虎ノ門

「!虎ノ門ヒルズか!」

新しいものができるとすぐ観に行く。

「うん。入らないわよ。体操教室のお友達と周りをぐるっとまわって、愛宕神社でおまいりしてくるだけ」

してくるだけって。そうとうのコースだぞ。その足で。

「足、大丈夫なの」

「まだ痛い。けど、だいじょうぶ」

明日にでもお医者さんで診てもらえと言うとこうのたまった。

「だって、お尻だから、レントゲン、はずかしいんだもん」

・・・乙女か。